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もう一ヶ月ほど前の出来事なんだけれども、今頃記事にして申し訳ないです。
今も暖かい日は続けているんだけど、とにかく歩くようにしています。
たまたま翌朝、豪華客船「飛鳥Ⅱ」が母港である横浜に戻ると知り、
出迎えに行ってみようと思った次第です。8時30分入港だとか。少し早起きして・・・。
東横・MM線の「みなとみらい」で降りて、コスモワールドを横目に、
赤レンガ倉庫経由で大さん橋を目指す。
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やっぱり横浜は海があるのがいいね。
家から30分でここに来られるのは本当に気楽。空気もおいしい。どこまでも歩けそう。
15分ほど歩くと、巨大な船体が見えてきた。押しているタグボートも奮闘中。
手前の「象の鼻」(昔を再現した象の鼻のような桟橋)では、
女子高生がアカペラで歌の練習中。そんな光景もいい。
やがて、タグボードが飛鳥Ⅱから離れます。
「船の旅はいかがでしたか?またお会いしたいです。さようなら」。
丁寧で心のこもった優しい挨拶がタグボートのスピーカーから流れる。
海の世界において、お別れの挨拶はよく「さようなら」が使われると聞く。品がいい。
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大さん橋からアナウンスが聞こえてきます。どうやら無事接岸したようです。
出迎えには多くのタクシーや貸切バスが。あ、そうそう、2020年五輪を控えて、
というのもあるようですが、1BOXのバリアフリータクシーが増えてきました。
ここでも飛鳥交通の日産NV200のタクシーが。鮮やかな黄色と横文字が目立ちます。
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大さん橋に歩みを進めると。圧巻のサイドビュー。言い尽くされた表現ですが、
まさに海に浮かぶ高級リゾートホテルですね。乗船客はやはりシルバー層が多い。
お金と時間のある人は限られますからね。フルムーン旅行組ですかね。
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飛鳥Ⅱを横目にまさしく”小さなアリ”のようなパイロット船が駆け抜けます。
横浜のような複雑な港は、船長に代わり、
「水先案内人」が先導することが義務付けられているため、
パイロット船が彼らを乗せて船へ届けるわけです。
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優雅な姿です。そういえば三菱重工が客船造船から撤退する報道もありましたね。
残念な話です。海外の客船受注でトラブル続きでしたから。
造船といえば日本のお得意分野だっただけに再起を期待したいところ。
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最後の一枚はランドマークタワーと一緒に。
このあと、山下公園をぶらぶらしながら元町へ。さらに石川町駅まで約6kmの散歩でした。
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by navona1971 | 2016-11-30 10:46 | 旅・ポタリング | Comments(0)
姉夫婦が台湾へ3泊4日で遊びに行ってきたとのこと。
お土産は・・・

(1)悠遊(EASY)カード
ようは日本でいうところのSuicaみたいなもの。
乗り物がこのチャージ分で乗車すると二割引なんだとか。
「来年はこれを使って」と。台湾、来年こそは台湾に行きたいわん。

(2)台湾新幹線ストラップ
かっけー。iPhoneにストラップ穴がないのが残念。何かにつけようかな。

(3)パイナップルケーキ
台湾では大人気だそうです。あちらのお菓子って甘さが強くて
日本人の口に合わないかと思っていたけど、いざ食べるとちょうどよい。
これはとてもおいしかった。台湾のホテルオークラ製らしいから、
口当たりや食感などは日本人を意識しているのかも知れないね。

いずれにせよ無事に帰国して何より。ありがとうございました。
どこへ行ってもいろいろ欠かさずお土産をいつも買ってきて頂いて恐縮。
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最近は天気さえよければ、なるべくウォーキングをしています。
近くを流れる一級河川・鶴見川の鷹野大橋から大綱橋までの1往復、約5.5km。
以前は歩くのさえつらい時がありましたが、最近は本当に楽になりました。
このウォーキングのお陰で、持病の副作用?だった足のしびれは和らぎました。
折り返し地点の大綱橋のたもとでお茶を飲みつつ休憩するのも心地よくて。
歩くことの大切さを思い知らされますね。

源流こそ町田の山奥ですが、今や典型的な都市河川で、
決してきれいな川とは言い難いですが、河川敷も広く、土手上の道路も舗装され歩きやすく、
日本で一番河川沿いを歩く人が多い川とも言われています。
河川敷には多くの木々が生い茂り、そこだけ見るとのどか。
たまにある豪雨で上流から土砂が滞留し、そこでまた新たな命に力が加わる感じで、案外自然。
この日は前日の雨がうってかわって温暖な日差しに。鏡のような水たまりが清々しい。
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なるべくブログは更新して行こうっと。
by navona1971 | 2016-11-27 23:24 | とりとめもない話 | Comments(0)

近況報告

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いやいやどうも。
ブログの更新も遅滞気味で申し訳ありません。
最近はどんな感じなのか、といいますと、
今年1月に腹膜炎で100日入院し、退院後は腎臓移植手術を控えていることから、
それを終えるまで休職をすることになり、会社はお休みしています。
前々から移植は視野に入れていたのですが、仕事をしながらだと、なかなか準備が
進まず、今回、入院をある意味いいきっかけとし、いっそのこと、
なにもかもがうまくいくまで静養する、という流れになりました。
このような提案をしてくれた上司には感謝の言葉もありません。
実際、自分からはなかなか切り出せませんから。弊社は決してお給料は高くないのですが、
それ以外は実にホワイトな組織なのがありがたいです。
お金よりも気持ちよく働けることの大事さをこの会社で知りました。
幾多の転職の末で辿りつきましたが、お陰様で13年目になりました。

その後移植手術前の検査(本人・提供者=母親)も時間がかかりながらも問題点なく
進み、来年1月には紹介先の某医大病院にて、移植手術を受けることが決まりました。
体調を整えつつ移植を待ち、早期の社会復帰を目指しています。
腎臓病(腎不全)は現在の医学では移植以外に治る手段はありません。
その一方で非常に強い臓器になっており、しかも体に2つもあります。
通常、健康な人であれば、一つだけあっても体を担うのは容易だそうです。
ただし、ひとたび痛めると血液の浄化機能、そして水分の除去機能などを失います。
放置しておくと、尿毒症、むくみによる心不全などで確実に死に至ります。

私の場合、腎機能の低下は高血圧で腎臓の毛細血管に負担をかけていたのと、
20代の頃の仕事によるストレスが原因だったと思います。
病気になる1年前に残業250時間が3か月続き、会社に4泊5日したりとか・・・。
その後の今の会社へ就くための転職活動のプレッシャーも非常に大きかった。
もっと自分の体へのケアを大切にすべきだったと今更ながら悔やんでいます。
2003年に腎不全で初入院後、2013年の透析導入まで私を診てくれていた某医大病院
の先生より、「できることなら移植はした方がよい」とのご助言を頂き、
母が了承し、移植への道を進むことにしました。母には申し訳ないと思います。
私がもう少し年齢を重ねていたら移植もせずに諦めたでしょう。
しかし、まだ40代で、仕事も頑張らねばならず、移植しか選択肢はなかったです。

移植が近いこともあり、透析効果を上げるため、2013年から透析導入し、当初は腹膜透析
(腹部にカテーテルをつけ、自宅で機械により、腹膜に透析液を出し入れし、浸透圧の原理
で老廃物や水分を除去する)のみだったのですが、今年春から、血液透析も週1回導入し、
夏からは週2回、そしてこの冬からは週3回のペースになっています。

腹膜透析は自宅で寝ている間(夜間)できるため、仕事との両立には寄与してくれました。
ですが、透析性能自体は血液透析より劣るのが現実です。一方、血液透析は
通院するのは確かに面倒ですが、効果はてきめんで、腹膜透析より遥かに体が楽になり、
今は透析導入直前の頃よりもずっと調子がよく、大変助かっています。
お陰様で以前は歩くのさえつらく、毎月何度もタクシーのお世話になっていましたが、
ここ最近は長距離のウォーキングもほぼ毎日できるようになりました。
この楽な感覚は何年ぶりだろう、と思うくらい久しぶりのものです。
なにせ腎不全の症状はむくみ(尿による水分除去能力が落ちるため)や、だるさ(同様に
老廃物の除去がしきれないため)、足裏のしびれ、息苦しさ、各種感染症や病気への
抵抗力の低下(昨年は蜂窩織炎で危うく死にかける)など、非常にしんどいものばかりですから。

血液透析と言うと、僕も避けていた通り、太い針を2本刺して寝たきりのイメージでしたが、
実際は多少異なり、針を刺すにも事前に肌へ貼り付けるテープ式の局所麻酔薬を使うと痛みも
通常の採血程度まで軽減され、透析時間もベッドに備え付けられたテレビを見たり、
スマホの操作も自由です。4時間は確かに長いですが、
我慢できる範疇じゃないかとも思っています。まあ、通っている大学病院の透析室が
ちゃんとしているというのもありますね(スタッフの技量、人柄などなど)。

ただ、移植をしても、いつかまた移植した腎臓が機能を失う日が来る可能性が
高いです(腎臓移植とはそういうものなので)。今、血液透析がどういうものか知っていれば、
ある意味納得して透析生活に戻ります。血液透析を知らずに移植していたら、
再び透析生活に戻る際の恐怖、落胆、失望などはきっと比べものにならないしょうから。
自分の中ではそのくらい血液透析への誤認や偏見があったんです。
でも、私が通う病院のしっかりとした血液透析への体制は、それを和らげてくれました。
入院生活や移植の状態などについては、いずれまたここでも語りたいと思います。

最後に・・・。
ここ何年間か、飲みに行こうとか、どこかへ行こうとか、会おうとか、年齢性別いろいろな方から、
ありがたいお誘いを多く受けて、本当に嬉しかったです。本来は二つ返事で飛び出していきたい
ところでしたが、この病気のせいで、そのほとんどを断らざるを得ませんでした。
腎臓病は食事制限が全てと言えるほどの病で、水分、塩分、カリウム、リンの摂取制限があります。
ですので、安易に外食ができないのが現状でした。本当に申し訳ありません。
もちろん、暴飲暴食は論外ですが、体がよくなりましたら、ぜひ、皆さんとお会いできればと思います。
勝手を言って申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

※イラストはフリー素材より
by navona1971 | 2016-11-23 07:00 | 闘病生活のこと | Comments(0)