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宇津ノ谷峠を訪ねたあとは、車が通れる「大正のトンネル」を回って隣町の藤枝市へ。
10分ほど車で移動すると、丸子宿の次の宿、「岡部宿」付近にたどり着きます。現在は藤枝市岡部ですね。
ここには、江戸時代に東海道を旅する人々が泊まった旅籠(旅館)が、当時の姿に復元され、保存されています。
名前は「柏屋」。東海道五十三次を行き交う人で賑わったここも、東海道線の開通などで利用者が激減、
その後は質屋に業態転換、さらに住居として代々住まわれていた方がいたそうですが、
歴史的建造物の重要性に鑑み、藤枝市が買い取り、さらに傷んだ部分を修復して、博物館としてオープンさせました。

入館料300円を払って中に入ると、地元のボランティアのおじいさんが案内してくれます。
岡部宿にはこのような旅籠が30軒近くあったそうで、「柏屋」はこの宿場町でも大きい部類の旅籠だったそう。
宿泊料金は今のお金に換算して3000~5000円、2食つきだったそうです。
1階の奥にはかまどと食器棚(って表現でいいのか?)がありましたね。
そして、武士と町人や商人の泊まるスペースが区別され、武士向けの部屋は畳もしっかりとしたもので広々。
一方でエコノミーな部屋はもう、雑魚寝よりも少しいいかな、という程度の環境。
町人、商人らの宿泊部屋は定員がなかったそうで、混めば混むほど詰め込まれたそうです。
特に、この先の大井川が氾濫したり、増水したりすると、橋の手前にある藤枝宿や島田宿がまず満員になり、
あふれた旅人がだんだんと詰まって?岡部宿に泊まる羽目になるようなこともあったとのこと。
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1Fで説明を聞いたあとは自由に見学。2Fには、地元のコレクターの方が集めた江戸時代の骨董品が。
とにかく驚いたのは、当時の旅人の持ち物。「携帯用仏(ほとけ)」、「携帯用旅枕」、「携帯用ろうそく立て」、
「携帯用硯」・・・すごい。日本人がなんでも携帯したがるのはこの頃からかw。
携帯用硯なんてよく出来ている。いい仕事してますよ・・・。
さらに、宿泊した武士の宿帳。こうやって名前を書いていたそうです(当時のもの)。
「芸州(現・広島県)の長谷川勘平」と読めますね、左のものは。
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ここは・・・フロント?というか社長さん?の席ですね。
そうそう、時代劇ドラマを見ていた頃からの疑問を、ボランティアおじいさんに尋ねる。

だま「あの・・・東海道って、そんなに人が行き交っていたんですか?ちらほら、という感じですか?」。
おじいさん「かなりの人が歩いていたそうで、常に人とすれ違うほどの数だったと聞いています」。

ほー。なんか、ガラガラなイメージがあったんだよね。
でも、この岡部宿でも旅籠がそれだけの件数存在したってことだから、すごい宿泊者数だよな。
ちなみに大名や幕府の役人が宿泊したのは旅籠ではなく「本陣」と呼ばれます。この「柏屋」は
旅籠ながらも本陣に迫る立派さに見えますね。ちなみに本陣は旅籠と異なり、料金設定がないそうで、
宿泊する側が心づけを言い値で支払っていたそうです。
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まだお昼前。時間もあるので、ここから少し山間部に入った岡部町朝比奈地区へ向かいます。
朝比奈地区は宇治、八女と並ぶ、日本三大玉露茶の産地。
「旅籠・柏屋」から建設中の第二東名高速道路をくぐり、6kmほどで「道の駅・玉露の里」へ到着。
東京から150kmの場所とは思えない、静かで、ローカルな場所です。
その道の駅に併設されている茶室「瓢月亭」。今回は見送りましたが、ここでお茶を頂きたかったですね。
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やはり宇津ノ谷峠同様、以前静岡の主力産業であった林業の隆盛ぶりを物語る材木搬出用ケーブル。
錆びて朽ちてしまっています・・・何年動いていないんだろう。
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で、どうするか・・・。OT氏が道の駅の案内板を見て「蓬莱橋に行きたいなあ」と言う。
iPhoneで距離測定すると20km弱。「車の運転疲れないか?」と尋ねるも「行ける行ける。すぐだわ」と。
二人で車に戻り大井川を目指す。そして、30分ほどで島田球場の照明塔が見え、すぐ脇に蓬莱橋を発見。
駐車場に車を停め、通行料100円を橋のたもとにある小屋で支払う。有料なのね。
蓬莱橋、ご存知ですか?あの大井川にかかる木橋のこと。よくテレビの旅番組にも登場しますね。
こう言えば「あぁ、あの橋」と気付く方も多いかと。私も恥ずかしながら橋の名前までは意識してなかったわ。
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ちなみに世界一の長さを誇る木橋としてギネスブックにも掲載されています。
長さは897.4m。なげーw。明治12年の完成です。自転車は走れるらしいが、欄干が低くてこええええ。
転んだりしたら落ちるぞw。下まで結構高さあるしw。
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片道約20分。なかなか反対側の岸が近づいてきません。途中、床板にはこんな文字が・・・。
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昔は暴れ川としてその名を轟かせた大井川も、治水対策が進み、普段は砂利ばかりが目立ちます。
往復で40分。そして、島田市側に住む農家の人々が、川向こうにある茶畑へ農作業へ行く際に
今でもこの橋は利用されいているそうです。観光目的だけじゃないのね。
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こんな感じで静岡の歴史を楽しく訪ね、夕方の渋滞が始まる前に横浜へ戻りました。
by NAVONA1971 | 2009-11-29 23:59 | 静岡・新潟(出張) | Comments(2)
温泉で温まったことと、ふかふか羽毛布団のお陰で、しっかりと、寒さで目を覚ますことなどなく、
朝を迎えることができました。洗面台に行くと、外はうっすら明るくなっています。
そして、よい意味でうるさいほど、外で鳥がさえずっています。あぁ、ここは静岡なんだね。
しかし、昭和レトロな雰囲気がいいね。木の引き戸に、タイル貼りの壁、優しい灯りの電燈・・・。
OT氏は寝起きの悪さが昔から定評ですが珍しくすっきり起床。「いやーよく眠れたよ」と。そりゃよかった。
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ほどなく若女将さんが食事を運んでくる。いやー、朝食もまた、素朴で素晴らしい。
お漬物、オーソドックスなハムエッグ、柿の白和え、大根おろしとしらす、そして、けんちん汁、とおいしいご飯。
特にけんちん汁がよかった。具だくさんで、体も心も温まる。あぁ、なんか田舎の朝ごはん、という感じ。
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1泊だとあっという間ですね、若女将さんに見送られ、チェックアウト。お土産を頂戴する。
前回宿泊時は丸子宿を描いた広重の絵をモチーフにした切手を頂いた。
そして今回はみかんをたっぷり。こうした細かやな心遣いは若女将の人柄がとても出ていますね。
このたびはお世話になりました。改めて御礼申し上げます。
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そして、車で宿から3kmほど西へ進んだところにある集落へ向かう。名前は宇津ノ谷(うつのや)。
丸子宿と、次の岡部宿の間にある難所、宇津ノ谷峠を背にしています。集落の入口に車を停める。
今でこそ、すぐ裏手で大きなトンネルが二つ、口をあけて国道1号線が走り抜けていますが、
昔はこの山を越える厳しい道が「蔦の細道」と呼ばれ、平安時代から旅人が行き来していました。
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宇津ノ谷峠を歩いた在原業平が伊勢物語で、「駿河なる宇津の山べのうつつにも 夢にも人にあはぬなりけり」
と詠んでいますから、きっと、寂しいところだったんでしょうね。今もその面影があります。
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こうやって、一軒一軒に屋号があるんです。
ちなみに、この地域は一時は皆さんがそれぞれ個々に増改築したりして美観が失われましたが、
協議会を設立し、話し合いながら昔の姿を取り戻そう、と復元を進めてきました。
それが実り、平成17年には国交省より「美しい町なみ賞」を受賞する栄誉に輝いています。
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急峻な階段・・・弥次さん喜多さんもここを歩いたんでしょうか・・・。
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階段を上ると、道が二手に分かれます。右は山をさらに登る道。つまり、旧東海道(この画像にある坂です)。
左は、明治に開通した通称「明治のトンネル」に向かいます。紅葉の色づきがまた素敵です。
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案内標、文字が剥がれかかっていますが、「丸子宿」、「宇津ノ谷」、「岡部宿」という文字が見てとれます。
裏手の旧東海道の登山道、勾配のキツさがここの峠越えの厳しさを物語ります。
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さきほどの案内標から100mほど進むと、明治のトンネルが見えてきました。
画像にはありませんが、トンネル手前右手の広場には石灯篭があり、どうやら常夜灯の役目を果たしていたようです。
木々が生い茂り、昼間ですら暗い山道を進む旅人が、この明かりで安堵したんでしょうね。
今は灯篭に苔もむし、石も剥げていますが、歴史の証人ですね・・・。
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明治9年開通ですから、当然、東海道線完成よりも前。そして、過酷だった峠越えが一気にラクになりました。
ちなみに、建設費償還のため、有料だったそうです(日本初の有料トンネルです)。
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開通当初は木造の枠でトンネルの内壁が構成されていたそうですが、その後の失火で崩落、
明治37年、煉瓦で改めて復旧しました。その後、より大きい「大正のトンネル」、そして、東海道線の全線開通、
さらに「昭和のトンネル」の完成により、明治のトンネルはその役目を終えることになります。
現在、車は通行止めで通ることができませんが、歩行者と自転車(バイクは?)は通行可能です。
幅は乗用車がちょうど走れるくらいでしょうか。しかし、明治時代に作られたとは思えない堅牢さです。
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岡部宿側に抜けたあと、振り返って再び丸子宿側に戻ります。来る時には気付きませんでしたが、
頬に風が当たります。あちらからこちらに流れているんですね・・・。
トンネルを出ると、さきほどは気付きませんでしたが、山と山を結ぶケーブルが朽ちていました。
どうやら材木の搬出に使っていたらしい。滑車やカゴは錆びていますが、反対の山まではまだしっかりと結ばれているように見えます。
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トンネル側から宇津ノ谷集落を望みます。真ん中の道が旧東海道。
山の合間に肩を寄せ合うように家々が連なります。奥の山には茶畑もありますね。車に戻り、次の岡部宿に行ってみます。
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by NAVONA1971 | 2009-11-29 23:58 | 静岡・新潟(出張) | Comments(2)
いやいやどうも。
土曜日は、20年以上の付き合いになる友人、OT氏と静岡市葵区丸子にある静かな旅館へ1泊旅行です。
OT氏は今年、公私ともにいろいろバタバタして、疲れもある様子。それは容易に見てとれた。
最近は落ち着いたみたいだったけど、ストレス解消とリフレッシュを狙い、今回の遠征を企画した次第です。
なにせ静岡は近いし、いろいろ動き回る旅ではなく、温泉とお酒とおいしい料理がメインなので、ゆっくりとした行程。
昼過ぎにOT氏自宅近くの田園都市線某駅で待ち合わせるため、グリーンライン~あざみ野~東急線。
あざみ野駅ホームにはフカキョンのでっかいポスターが。きゃわええ。
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で、OT氏に拾ってもらい、至近の横浜青葉ICから東名高速道路に入る。
うーん、値下げ効果か、交通量が多いな。昼間なのに、大和トンネル付近で若干の渋滞・・・。
それも程なく解消し、約1時間で足柄SA。少し休憩したあと、清水ICを目指します。
ここまで来ればあとはラク・・・。20分ほどで名勝、由比の海岸沿いに出ます。すでに日は傾き始めて・・・。
清水ICを降り、清水駅前からエスパルスドリームプラザ前を走りぬけ、国道150線を海岸沿いへ。
10kmほど進むと、スーパー銭湯&テーマパーク?「すんぷ夢ひろば」に到着です。
なんつーか、日光江戸村が若干ショボくなったようなところに温泉が追加されたような佇まい。
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そうそう、ココ、経営危機に陥ったという話も耳に入っていました。
うーん、土曜日の午後という、一番混みそうな時間なのに夢ひろばの中はガラガラ・・・。
平成18年のオープン以来、赤字続きで、不動産系企業から地元企業に経営譲渡されたとかなんとか。
江戸時代の街並みを模した通りを抜け、橋を渡ると温泉「天下泰平の湯」。右手には太平洋が望めます。
絶景だし、もう少し場所さえよきゃなぁ。温泉も素晴らしかった。東京なら芋の子を洗う状態になるわな。
たっぷり2時間近く、露天風呂や内風呂、サウナを行き来。露天風呂はでっかいが、いるのは私とOT氏のみ。
「次来るまでに潰れないだろうか」。思わず二人で呟いた次第。
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体を温めたあとは、今日の宿泊地である、静岡県静岡市葵区丸子(まりこ)へ向かいます。
丸子は、東海道五十三次で「丸子宿」という宿場町でした。隣は府中宿(静岡市中心部)となります。
ちなみに丸子は日本での紅茶栽培発祥の地でもあります。
「すんぷ夢ひろば」から、国道150線で静岡IC、そこから安倍川を渡り、JR安倍川駅の裏を抜け、丸子の集落へ。
その一番奥に位置するのが旅館「とろろ汁・お宿・若松」です。

ここに来るのはちょうど2年ぶり。前回は静岡出張に合わせて泊まって。
当時の印象が素晴らしく、いつかまた来よう、和食好きのOT氏なら喜ぶだろう、と思って。
若女将が出迎えてくれる。あぁ、そうだ、この人だった・・・。そして、広い和室へ・・・。
確か元信用金庫勤務のOLさんだったと聞いたような。物腰が柔らかく上品な方です。

若女将「お客様は以前にもこの部屋に泊まられて」。
だま「よく覚えてますね、そうです、この角の部屋でしたね」。
若女将「あの時はいろいろ地元の話をしましたもの。印象に残っています」。
だま「そうでしたよねえ、卒業アルバムありがとうございました」。
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ああ、そうそう、ここに泊まったことはしっかり覚えてる。
丸子という町に興味があると話をしたら、若女将が地元中学校の卒業アルバムを見せてくれて。
今でこそ、国道1号線が大動脈となって町を走り抜けているけれど、昔は
道の両脇に木が覆いかぶさり、昼間でも暗く、寂しい道ばかりだったそうで、
当時を懐かしむとともに、現在の隆盛ぶりについても触れられる、読み応えのある内容だったはず。
また、旧東海道の史跡の整備なども行われた話もあったかな。
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で、楽しみだった夕食タイム。ここは食事が何よりおいしい。
いりこに青海苔が加えられたふりかけのようなものを具に乗せる「静岡おでん」に
とろろの天ぷら(柔らかくて絶品)、そしてとろろかけご飯。
なんつーか、とろろって普通、多少ザラッとした舌触り、食感なんだけど、ここのとろろはマイルド。
のどごしが素晴らしい・・・。薬味をかけるとさらに味が引き立つ。
昔の人は丸子宿でとろろを食べ、この先にある難所、宇津ノ谷(うつのや)峠越えに備えたのでしょう。
丸子の夜は静かに更けていきます。
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※次回に続く
by NAVONA1971 | 2009-11-28 23:39 | 静岡・新潟(出張) | Comments(0)
いやいやどうも。
月曜が祝日だったとはいえ、長く感じた一週間でした。今日は友人Y嬢と呑むことに。
金曜なのでふらりと店に行っても落ち着かないだろうと思い、某創作料理居酒屋に予約電話を
入れるも・・・「申し訳ありません、あいにくいっぱいで・・・」えええええ。そんなもんなのか。
じゃあ荒木町(曙橋)のおいしい和食を出すこぶりなレストラン、昔ちょくちょく行ってたので、そこにしよう、
と電話をするも全く出ない。数日前、店の前を通りかかったらちゃんとやってたのに・・・。
あわててぐるなびでなんとかお店をみつけて予約。ふー。もっと早めにやんなきゃダメだよな。
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バスで高田馬場、西武新宿線で西武新宿。待ち合わせて新宿三丁目のお店へ。
ひゃー、すでに歌舞伎町周辺はすごい人出だな・・・。選んだのは伊勢丹の少し先にある「よし田」。
ビルの地下にある落ち着いた雰囲気の店。団体さんがいたのでちょっと奥の座敷が騒がしかったが・・・。
鯵のお刺身、おいしかったです・・・。
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お店は20代後半~30代の女性がスタッフで、店長さんも物腰柔らかな品のいい女性の方。
そういえば、女性のみで切り盛りしてます、と書いてあったな。見回すと客層も気持ち高めかな。
でも高いお店じゃなく、だって私には無理だもんそれじゃw。個人的には気に入りました。
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ほっけは柔らかくて、ジューシーでこちらもウマー。
Y嬢とは当然のごとく野球の話が中心でしたけど、仕事の話も興味深く耳を傾けることができました。
そんなこんなで2時間半はあっという間。意外と長居をするお客さんが周囲に多く、回転しない感じ。
居心地がいいからかも。グループのお客さんが来たので、それをきっかけにお会計。
レジにいたのは店長と思われる女性かな。「だま様、予約ありがとうございました。初めてのご来店でしたね」と丁寧な一言。
楽しく呑ませてもらいました。

会計の時には・・・
     ∧_∧
     ( ゚ω゚ ) 支払いは任せろー
 バリバリC□l丶l丶
     /  (   ) やめて!
     (ノ ̄と、 i
        しーJ

こんなことはもちろんなくww。マジックテープの財布じゃないのよw。
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その後喫茶店に誘われお茶・・・しかしどこも超満員。なんとか西武新宿前のルノアールへ。Y嬢はルノアールに入るのが初めてらしい。
昔はルノアール=中年男性の打ち合わせ&サボリの場、みたいなイメージでしたけど、
ゆったりくつろげる雰囲気が最近見直されてきているとの話を聞いたことがある。
ドトールとか、安いけど落ち着かないもんな。ルノアールは新聞揃ってるし、最後にお茶も出てくるし、まったりするにはいいよねえ。
いかにも「日本の喫茶店」って感じで。妙にフレンドリーでメニューが横文字で飛び交うスタバとかマジ勘弁・・・。がんばれルノアールw。
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で、Y嬢を23:39のレッドアローへ見送ったあとは私も帰途へ。外は思ったほど寒くない。
微妙に終電が危ないタイムなので、会社に戻って寝ようかなと思ったけど、とりあえず横浜へ向かう。
しかし、新宿駅周辺の人出は衰えを見せない。これ本当に不況の真っ只中なのかね。
ただ、泥酔している人があんまり多くない感じがする。深酒できないご時勢だからかなあ。
新宿からは山手線、うわー、窓が曇ってる・・・車内はお酒の匂いが。
周囲のやや高揚した面持ちの皆さんを見ていると、もう師走、押し迫った年の瀬という感じです。
この雰囲気、嫌いじゃないよ。そうそう、アルタ前のイルミネーションが綺麗でした。
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ってことで最後はなんとか間に合って帰宅。仕事の疲れも飛ぶよいひと時でした。

~業務連絡~
お借りした本、カバンの中に入れていたのに渡すの忘れてましたorz。次回に。
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by NAVONA1971 | 2009-11-27 08:44 | Comments(2)
■10年ぶりの再会

仕事の移動中、都心の某ターミナル駅、山手線ホームにあるキヨスクで烏龍茶を買う。
あぁ、昔は商品を見せて店員さんにお金を払ったけど、今はレジスタイルだね。
冷蔵庫から取ったボトルを店員に手渡す。あ・・・。この店員さん、T女史だ。間違いない。
10年前、倒産したサブコン(専門工事建設会社)にいた時、取締役の経理部長だったT女史。

だま「Tさん、お久しぶりです」。
T女史「?」。
だま「八重洲の○○で一緒だっただまです」。
T女史「?・・・えーっ!あのだまくん?」。

ちょうど売店も昼下がりで人も途絶え、しばし雑談。
「よく私のことわかったわねぇ~」と。まあ、3年間、毎日仕事で顔合わせてれば忘れない。
独身で、あの時50いくかいかないかのはずだったから、もう還暦に近いんじゃないかな。
スーツを着ていたあの頃、そして、今はオレンジ色のキオスクの制服へ・・・。

だま「Tさん全然変わらないですから、すぐわかりました」。
T女史「だまくんは・・・あぁ、なんか昔は若かったねー、今思えば」。

あぁ、オレってやっぱり老けたんだろうな。自分では何も変わってないつもりなんだがー。
もうあれから10年。1999年(平成11年)の5月だった。潰れたのは。
ゴールデンウィーク前、社長から、次の手形決済に金が用意できない、と憔悴した表情で伝えられた。
ネットが爆発的に普及する直前くらいで、まだISDNでようやくネットを始めた時、
取引先が破綻したことを帝国データバンクのサイトで知り、「危ねえな、これは」と思った矢先だった。
まあ俺は若かったし、雇用保険も出るし、沈む船から今さら逃げてもどうしようもないので、最後まで残った。
想像以上に静かな破綻だったけれどね。あっけなかった。
そんなことより、同時期、彼女にフラれたことの方が遥かにショックで。
「前の彼と会ったら、なんかあっちの方がやっぱり好きで、だまさんごめん!」ってちょww何それwwww。
悔しくて一ヶ月くらい朝まで寝付けない日が続いたんだけども、今やその情熱が懐かしい。
そのショックで下関マグロさんから依頼されてた原稿、締め切りに間に合わないような事態になって・・・。
怒られて(そりゃそーだ)。それでフリーライターになるのも諦めた。向いてなかったってのもあるけど。

今やフラれても普通に寝て普通に起きて普通にご飯食べて笑って過ごせるもんなぁ・・・。
つーかアクションすら起してない始末・・・。
「平日はこのお店にいるから、また買いに来てね」とT女史。元気そうでなにより。

■ここ数日のとりとめもない話

中央区のお客様を担当しているので、茅場町はよく通ります。
場合によっては二日続けて、とか。週3日とか。
駅近くの公園の横に移動販売車を止めてパンとコーヒー類を扱っているのが「croscendo」。素朴な味わいでお気に入り。
実はコーヒーが特段好きではなく、年に10杯も飲まないんですけど、ここのは別。
移動販売でのカフェ経営なんてうらやましい。いや、見掛けがそうなだけで、実際はとっても大変なんだろうけど。
一度やってみたい・・・でも、ここの店員さん(兼ドライバーさん)は小柄なんだよな。
じゃないと、軽自動車の中で販売なんて無理だよな。私じゃ大型トラック使わないと・・・w。
よい商談をしたあとに、ここで薫り高いコーヒーをおいしく呑む・・・。そういう機会がもっと増えるとよいのですが。
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週の真ん中は自分が仕事をしている業界の法律を根本的に見直すべく動いている団体が、
国会議員を交えてその展望についてシンポジウムを行うということで、永田町の議員会館へ。
記者時代にはたまーに来ていたんだけど、12年ぶりぐらいですかね、ここに来るのは。
だれが来るのかと思ったから、民主党からは馬淵議員、広中議員、(あの)姫井議員など。自民党からも少々。
広中議員は、自分が当時の環境庁の記者クラブにいた頃、ちょうど環境庁長官に就任して、何度か顔を合わせた。
とても聡明で、気遣いの出来る方という印象があったけれど、それは今も変わらず。ただ、髪が真っ白になってた。
まあ、あれが1993年だから、そりゃ、仕方ないか。
いずれの議員も言語明瞭だが意味はやや不明瞭っぽい。まあ、法改正は一朝一夕にはできないわな。
シンポジウム主催者、参加者の熱意の一方で、やや距離を置く彼らの姿が印象的。法改正は必要だが時間がかかりそう。
主催者側は今、この業界で抱えている問題の原因が、古い、時代を無視した法に起因する、という指摘なんだけど、
これはねえ・・・改正案は魔法じゃないから、変えたら変えたでいろいろあるだろうし。
まあ、そんなこと俺に言われるまでもないだろうけど。国民生活にも密着している業界・法律だけども、
改正の機運が業界内でしか盛り上がってないことを憂う議員がいたが、まあ、それはその通りだと思う・・・。
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金曜は業界で著名な方が話をされる講習会があるため、前橋市の群馬県庁へ。
この日は自分が所属する業界団体の懇親会が原宿であったんだけども、いつも顔を合わせるメンバーが一緒。
なので、今回は同僚に代理出席を依頼し、自分は群馬へ向かう。
社内規定では100km以上(新幹線利用)の移動は出張扱いで、事前稟議(日当もあり)がいるが、
稟議書を書くのが面倒なので、池袋から在来線を使う。湘南新宿ライン~高崎線~両毛線で前橋へ。
2時間ほどで前橋到着・・・。ここに来るのは5年ぶり。あの頃は何もなかったが、今も何もない・・・。タクシーで県庁へ。
2Fの会議室で3時間ほど。講師役の重鎮、Y先生に挨拶。懇親会などで顔をみかけることはあるけど、
しっかりと話すのは初めて。うーん、以前よりちょっと老けられたかな。東京から来たことを知ると相好を崩した。
この業界相手に営業しているだけで、専門家ではないのだけれど、今回の内容は平易で素晴らしい。来てよかった。
逆に、こうした不可欠な知識すらも怪しい中で仕事をしている”自称”専門家も多いんだろうね・・・。
部屋を暗くしてパワポが映し出されたスクリーンを見ながら話を聞くのは大抵睡魔が襲うのだけど、今回はまったくナシ。
7時少し前に無事終了し、再びタクシーで駅に戻る。つーか寒い・・・あの北海道より寒く感じる。
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タクシードライバー氏「お仕事今終わりですか?」。
だま「ええ、出張だったんです。群馬は寒いですね~」。
ドラ「でも昨日、一昨日よりいいですね、今日は」。
だま「えーっ、この寒さで?」

群馬の寒さは刺すような寒さ・・・。タクシーが駅前の信号で停まる。

ドラ「ここのおばーちゃん、店の前を掃除していて、車に撥ねられて亡くなったんですよ」と角の店を指差す。
だま「あら、僕、ここで2回食事してますよ、ソースカツ丼食べたはず。駅前でほかに店なかったから・・・」。
ご冥福をお祈りします・・・。

で、お店もないから、駅前の吉野家で夕食。オレンジのポロシャツでテキパキ動く子が綺麗で驚く。
群馬って結構女の子のクオリティ高いんだよな。
そして、地方に行った時の恒例行事?地元の地方紙を買い求め、また同じルートで帰京。
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日曜日はいわかつ氏(う氏)と駒沢競技場に横浜FC対栃木FCを観戦予定も、空模様が怪しかったため自粛。
スポーツクラブで体を動かしたあとは部屋にこもり、ニコニコにある松田聖子動画を落としてiPhoneと同期。
仕事で嫌なことがあったり、なんか気乗りしない時はこれを見て元気を出す、と(暗すぎるwwww)。
以前からいくつか入れてあったんだけど、だいぶ動画も増えたみたいなので・・・改めて追加。
結局、う氏とは夕方蒲田駅前で待ち合わせ、蒲田のB級(いや、もはやD級)グルメ居酒屋、「鳥万」へ。
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ここはあの亡くなった友人、OYさんに教えてもらって二人で何度も行ったんだよね。思い出のお店です。
店は狭い、中もそんな綺麗じゃない、店員愛想悪い、注文遅い・・・という店なんですがなぜか訪れてしまうw。
この日も団体さんが入ったとかでおばちゃん店員の動きが・・・いつにも増して・・・遅いw。
以前は中国系の若い子がバイトしてたんだけど、いなくなっちゃったのかな。
90分ほどいて呑んだり食ったり。結局、ポテトフライと唐揚とハイボールが届くことなく〆・・・(また揚げモノかよ!)。
でもおいしかった。
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月曜はそういや最近冬物のスーツ買ってないなと思い昨日に続いてスポーツクラブへ行ったあと蒲田の某店へ。
一時3つボタンスーツって流行ったけど、なんか今はどうも気が進まない、ってことで、ノーマルなスーツを・・・。
グレーと紺のを1着づつ。はぁ・・・お金が飛ぶ・・・。店員が「最近はベストつきも流行ってます。どうでしょうか」って。
ホントかよーw。私がベスト着たら歓楽街の呼び込みのおっさんかヤクザに見えちゃうよーw。
しかし、陽が短くなりました。4時過ぎでもうこんな感じだもんね・・・。
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町はもうクリスマスの雰囲気で、歩く人の表情も心なしか少し明るい。
で、私のクリスマスは・・・例年通り中止、と。
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by NAVONA1971 | 2009-11-23 22:29 | とりとめもない話 | Comments(2)
いやいやどうも。
静岡には先月出張したばかりですけど、お客様から訪問を強く求められたため、日帰りで急遽出向くことに。
たまーにしか来ないけれど、ここの受付嬢はよく覚えている。聡明な顔立ちで、優しさも滲み出てるんだよな。
多分年齢は案外高く?自分とそう変わりないと思う。言葉の掛け方とか気遣いが素敵だわ・・・。
指輪ないんだよな、結婚してるんだろーか・・・。このコと会えたので出張の目的は半分達成・・・とw。
で、お客様との話は相談ごと。将来的には商談に繋がるんだろうけれど。最近こういうのが結構多い。
売ることよりも情報を持つことの大事さを日々痛感する。だから、つい、ノッてあげてしまうのだけど、
この業界では営業をしているとはいえ、技術畑を歩いたわけではないので、
いざ、それに応じた時に、ちゃんと相手の意向にフィットした提案になっているのか、今更だけど時折不安になる。
目利きができるようになったとは思ってるが、所詮文系人間だし。
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話は1時間を越えたため、辞した時にはもうお昼休みに軽く突入。受付のブースには彼女の姿はなく・・・。
帰りはガストでランチを食べたあと(ファミレスで食事したのって何年ぶりだろう・・・)、
静岡鉄道の県総合運動場駅へ・・・。途中陸橋で新幹線と富士山の組み合わせを1枚。
この駅は県営草薙球場のすぐ近く。お昼だし、以前も覗いたけど、久々にちょっと行ってみましょう。
駅から広い歩道を歩き、大きな道路をくぐる地下道を進むと、球場の目の前に到着します。
正面には、沢村栄治と、ベーブルースが対戦してる姿を模したモニュメントが飾られています。
草薙球場は、日本のプロ野球ができる前、1934年に全日本チーム対大リーグ選抜が行われたんですよね。
そこで沢村投手は、9三振(1失点)の好投を見せました。日本の野球史に強く残る出来事だよなあ。
記念碑には以下のような言葉が綴られています。
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--蘇る感動-- ~Rebirth of Exciting Memories~
1934年(昭和9年)、日本プロ野球曙の時代、六大学出身者を中心とする全日本チームが、全米大リーグ選抜チームを
迎えて親善試合を行った。話題の中心はなんといっても、ホームラン王ベーブ・ルースの初来日であり、
彼のホームランを一目見ようと多くのファンが球場へ足を運んだ。全米チームは他にも打撃王・鉄人ルー・ゲーリックや、
ジミー・フォックスを擁する超豪華メンバーで、特に13日から18日の3試合で、50得点、12本塁打と驚異的なパワーをみせた。
11月20日、ここ草薙野球場で行われた第10戦で、弱冠17歳の澤村栄治投手がベーブ・ルースはじめ全米チームから
9三振を奪う快投をみせ、初めて互角の試合を演じた。試合はルー・ゲーリックのホームランにより、0対1で負けは
したものの、それは日本野球史上にさん然と輝く快挙であった。
翌、1935年(昭和10年)には、日本チームのアメリカ遠征も実現、野球による交流はますます盛んになり、
今日、野球は日本で最も愛されるスポーツのひとつとして発展するにいたっている。
ここに、時代や国境を超えて子供たちの夢を 育み、多くの人々に感動を与えた選手たちの球跡を伝える。
※一般に澤村投手の背番号は14番が有名ですが、昭和9年全日本チームでは8番をつけての力投でした(原文のまま)。
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記念碑には当時の写真がつけてあるのですが、並ぶ日米の選手の背後には、観客がぎっしり。
当時、いかに関心が高かったか、日本人が熱狂したのかがよく伝わってきます。
アメリカ人と野球でこんな風に交流したのが、太平洋戦争のわずか数年前なんですよね・・・。
飛行機もない時代、わざわざ船による長旅で日本に来て、本場のプレーを見せてくれたんですねえ。
その後、沢村投手も戦地へ赴き、投げるのがボールから手榴弾に変わり・・・。
大好きな野球ができなくなり、戦争をしなければならない、人を傷つけるために輝く右腕を使うなんて、どれだけつらかったでしょう。
戦火に怯えることなく、野球を楽しめる今の幸せは、こうした人々の犠牲のうえにあることをしっかりと感じ取らないといけません。
そして、約70年後の今、松井がヤンキースでワールドシリーズMVPを獲得、ベーブ・ルースにかわり、
NYっ子を熱狂させているというのがなんともすごいね。
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沢村投手の像。高く上げた足が何より印象的ですね。しかも結構端正な顔立ちで・・・。
今投げていても人気だったろうね・・・。
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一方対峙するベーブ・ルース。結構優しげな表情。
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実はアマチュア野球ってあまり関心がないんですけど、これは観たいなあ。
台湾のプロ野球界は存亡の危機なので、子供たちの夢が閉ざされないように、なんとかならんもんか。
第二のオンユやインチェ・・・いや、第二の郭源治とか荘勝雄がこの中から出てくることを期待。
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新静岡へ戻ります。この日の電車は「コカコーラzero」号。
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新静岡からはちょうど駿府城跡をはさんでこの駅の反対側にある西草深町へ。2kmほどなので歩いて移動。
鷹匠にある安倍川もちの老舗、松柏堂本店にある「あべ川ソフト(¥250)」。
きなこの風味がする(+あんこも??)和風ソフトクリーム。スーツ着てソフトクリームってw。でもおいしくて。
ここを通るといつも買ってます。
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お客様の事務所近くにある城内町のカトリック静岡教会。
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敬虔な態度で撮影・・・。
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訪問を終えたあとはバスで駅方面へ戻る。駅近く商店街で地元では知られた?「メチャ安サイトー」。
ここのお陰で静岡市在住のサイトウ姓のあだ名はみんな「メチャ安」になってるとかなってないとか・・・。
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帰りは静岡インター近くのお客様に立ち寄ったこともあり、久しぶりに東名ハイウェイバスで。珍しく平日なのにほぼ満席。
新幹線より安いからね。二階建てバス「エアロキング」での運行。乗降に時間がかかるんだよね、通路が狭くて。
そのため15分程度遅れて出発。でも3列シートで快適。途中足柄サービスエリアで10分間休憩。しかし陽が短い。
その後、東名厚木~東名横浜間で事故渋滞などもあり遅延は結局40分に拡大。
バスはこれがあるからなー。でも、そう遅くなることもなく無事帰宅。
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by NAVONA1971 | 2009-11-06 23:56 | 静岡・新潟(出張) | Comments(2)
いやいやどうも。
先週の日曜日、札幌でひいてしまった風邪がようやく良くなってきました。
熱や体のだるさは先週半ばで消えましたが、咳がなかなか止まらない。今もほんの少し・・・。
だけど、回復にここまで時間がかかるとは思わなかった。皆さんも体を大事にして下さい。

しかし昨日の夜は前線の影響らしかったが、夕方から一気に10℃近く気温が降下。
もう寒くて震えながら帰途に。有楽町は土砂降り。幸いにも雨雲は千葉へ動いて、横浜は晴れ。
一時的とはいえ、こんな気候になるんだから、着実に冬は近づいているね。
町から聞こえてくるBGMもジングルベルがとうとう聞こえきた。はええなあ。
今日は義兄から日本シリーズ第三戦に誘われていたが涙を呑んで断る。病み上がりだしね。
なので、今季のプロ野球観戦はこの間の札幌で終了。結局55試合の観戦でおしまい。

野球に行かないとはいえ、風邪でなまった体をしゃきっとさせたいので、
川崎市の臨海部へチャリを走らせる。うー寒い。コンビニで手袋を購入。いやーもう冬だ。
昨日、今日と風が強いため、澄んだ青空で遠くがよく見える。富士山もこうしてはっきりと。

最近、コンビナートの風景に惹かれる、いわゆる”工場萌え”(燃えじゃないよw)が流行ってるそうで。
私もそのテの萌えは昔から興味津々です。わけのわからない金属製のダクトやパイプが
こんがらがりそうにからまりながらもまとめられて、時折白い煙も煙突から吹き出ていて。
得体の知れなさとともに、きっと現代の生活に欠かせない便利な製品を作るのに役立つモノを
精製しているんだろうなあという尊敬の眼差しというか、労りの気持ちもあって、いつも気になってます。
今日は川崎市の工業地帯、夜光町と千鳥町付近に行ってみます。プラント類はモノクロが似合うな。
次回は夜景でも撮りに来たいですね。
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臨海工業地帯の物流を担っていたのは長らく鉄道輸送でしたが、それもトラックへシフト。
この川崎地区にも網の目のように張り巡らされていた神奈川臨海鉄道の路線も縮小傾向。
祝日ということもありますけど、千鳥町駅のヤードもちょっと寂しいですね。
貨物専用駅なので、駅といっても、ホームがあるわけではありません。
ヤードの奥にはアント(小型貨車移動機)が留置してありました。見たとこ結構新しい。
アント(Ant=蟻)は、こうした構内における貨車などのちょっとした移動に使うミニ機関車のようなものです。
小さい割に力持ちなので、そうした名称になったんでしょうね。
こんな寒い休日の午後にこんな所に来る物好きなんていないだろ、と思ったらカメラを構えた人が・・・。
工場萌えもメジャーな趣味になったんですね・・・。
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千鳥町駅から2kmほど先、川崎臨海工業地帯の先端、ちどり公園へ。
隣の川崎市営埠頭には、寝台特急「北斗星」で使われていたブルーの客車とディーゼル機関車が。
まあ、鉄ヲタ的な表現をすると24系客車とDD51だなw。
そういえば、北斗星が1往復減便(北海道新幹線工事の影響だったか?)されて、余剰となったらしく、
まだまだ鉄道インフラが弱いミャンマーに輸出される、という話は聞いてたんだよね。
船への積み込みを待っているところのよう。
そのちどり公園は地域猫?として飼われているノラが4匹ほど。いつもの面々。
もう人にも慣れていて、僕が来たからといって興味を示すこともなく、足(手?)の手入れと睡眠に集中。
ここは訪れる人も多くないし、定期的に餌をあげる人がいるようで、彼らにとっては楽園かも。
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by NAVONA1971 | 2009-11-03 21:26 | 旅・ポタリング | Comments(4)