カテゴリ:生体腎移植(その後の生活編)( 18 )

復職しました。

■先週の話
実は本来なら、13日(土)に重要だった腎生検の結果が出て、
前回のブログに書いた通り、一切問題ないとのことだったので、
その翌週の15日(月)から久々に会社に戻るつもりでした。
ところが前日の日曜、美容院から帰ったあと、午後に少しだるさを感じ、
翌朝、いざ出勤という時に、平熱よりほんのわずかながら体温が上昇していたのと、
喉に違和感があったため、ネクタイまで締めたのですが、復帰を一週間延期させてもらいました。
本当にお恥ずかしい話で、会社からも「結果出てすぐ、じゃなくても」と言われていたのに、
「いやいや早く戻らないと」と、自らから申し出ていながらこの始末。激しく自己嫌悪。
だけど、無理はできないので、休養させてもらいました。
「あらー、待ってますから慌てずにー」と上司。情けないやらありがたいやら。

退院してからこれまで約3か月、大きなトラブルらしいトラブルは皆無だったのに、
よりによって復帰予定日当日にこれだもん。
でも、うがいや手洗いの励行は欠かさずに、を痛感しました。
職場にもうがい薬を用意し、その後一日数回ゴロゴロしています。

ちなみに喉はひどくならず、念のため移植した病院に一報のうえ、地元の耳鼻咽喉科へ。
抗生物質を服用するほどではなく、うがい薬で大丈夫、と。
でも、それが落ち着いた思ったら今度は木曜日の朝、体に力が入らない。
こんなこと初体験で、昼は箸も持てないほどだった。
熱や腹痛もなく、頭痛もない。一体何が何だかわからず、ひたすら横になっていて、
何度か眠りについているうちに夕方、まるで充電されたかのように力が回復した。
途中、考えごとをしたりすると発汗したりして、自律神経失調症みたいな症状に伺えた。
まあ、復帰前に買い物やら筋トレやら慌ただしい日々だったうえに、
検査結果待ちの緊張、そして喉の違和感、いろんなことが一気に押し寄せて、
精神的・肉体的疲労のピークだったのかな。夜には元気になりましたのでご安心を。
メンタル面でのトラブルはほんとどと言っていいほど経験がないので・・・。

■今週の話
そして、仕切り直しで、21日(月)から復職です。
正直、本当に震えが来るくらい緊張しました。自分でもよくわからない。
このまま途切れることなく、働き続けることができるのか。
もっと自分を信じなければいけないよね、経過は順調なんだし。先週はアレだが。
正直、周りの人の心配の声はありがたいが、それがまた自分へ負荷になる部分もある。
「失望させてはいけない」「オレは背水の陣なんだ」と思ってしまったりね。

満員電車を避け、復帰前より1時間ほど早く出勤。
それでも混んではいる。でも、ピーク時間帯よりは遥かにラクだ。
弊社はコアタイム(9時半~17時)メインの7時間半勤務体系。
8時半にくれば17時が定時。なので当面は早めに出勤、早めの退勤で。
ありがたいことに社員の皆さんからは大変温かく出迎えてくださり、
「痩せましたね」「顔色いいですね」「おめでとございます」などなど。

この会社にいることの幸せを痛感しました。
社長、会長、総務部長、営業部長には、大変な迷惑を掛けたのですが、
あくまで体調優先で、慌てず、無理せず仕事をして欲しい、との言葉が。
僕の言葉より、と思い、病院から提供された冊子をお見せしつつ、
病気のことや今後のことを説明させてもらいました。
あとはとにかくお礼というかお詫びというか、感謝というか。頭を下げました。
彼らは「それぞれの立場で当然の配慮をしたまでだよ」と言うけど、
何かと厳しい今の世の中で、安心して休める体制をとってくれましたから。

しかし、机を片付け、引き出しを整理し、PCをアップデートし、
ひといきつくと、結構不在だった期間は大きかったんだなあと思う。
不在だった間のことより、不在前まで覚えていたことを忘れていたりする。
焦ってはいけないが、浦島太郎状態でもあり、なんとかしないとね。

また、休職中はお客様からも「だまさんはその後どう?」みたいな電話や、
メール、また、他の社員を通じて様子を尋ねる方などもかなりあったようで、
それもありがたいこと。たかが一営業なのにね。
そうした文章に返信しているうちに、目が赤くなってきてしまいました。
いや、本当にちっぽけな存在なのに、こうしてあれやこれや気にしてくれて。
いずれご挨拶に伺いたいと思います。

内勤業務が多く、また、帰りの電車は座れるので、
体力的にはしんどくはないです。ウチの会社は江戸川橋(文京区)にあるのですが、
通勤経路途中の副都心線の雑司が谷駅で降り、朝、2kmほど歩いて通っています。
定期は池袋経由で江戸川橋まで買っているのですが、池袋の乗り換えが遠くてね。
暑くなるまではリハビリを兼ね、続けようかなと。

■終わりに
少し更新が途切れましたね。
ご心配してアクセスしてくれた方々もいらっしゃったようで、お礼申し上げます。
喉の件は情けなくてすぐ書けなかったし、復職の件もまず勤務をきちんとしてから、
こちらでご報告しようかなと思ったもので。

復帰してから、少し血圧が高い。
個人的には、検査結果もよく、食事も一層気をつけているので、
おそらく精神的・心因性なものが影響じゃないかなと思っている。
実際、体はつらくもなんともないので。顔色も血色もいいと思います。
何度か計測していくうちに数値も落ち着いていくし。ただ、次回検診の時には
報告するし、それまでに大きな異変があれば、すぐに病院には行くつもりです。
実は退院直後、プレッシャーなどで気持ちが追い込まれたんだけど、
あの時に少し似ている感じがするんだよな。
休職のブランクに焦りもあるんだろう。長い闘病で、
なにかとネガティブに考える傾向があるのは改めたいんだが・・・。
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by navona1971 | 2017-05-24 12:19 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
いやいやどうも。
今日は、先月下旬に1泊2日で検査入院した際に行った「腎生検(じんせいけん・注1)」の
検査結果が判明する日です。その結果と、今日の採血などで問題なければ、
いよいよ次の月曜から久しぶりに職場へ復帰することになります。
早い時間に某医大病院へ着き、所定の検査を終え、外来時間までの間、
遅めの朝食をテラスで食べていると、腎臓内科のC教授が通りかかる。
お礼を言いながら腎生検の結果を聞きに来た旨を伝えると、

C教授「だまさん、結果見ましたよ、腎生検は大丈夫でしたから」。
だま「えっ、先生ご存知なんですか」。

あらま、C教授はすでに把握していたのか。
そういやこの病院は先生間の連携が本当にいいんだよな。
腎生検の結果を聞くのと、今日の結果を聞く、2つの恐怖?があったけど、
まず先に意外な形で教えてもらったので、半分は解決した。だいぶ気持ちが軽くなった。

今日はドナーだった母の久しぶりの外来も。
二人で待っている間も、薬剤師のSさんや移植コーディネーターS女史、
ナースのKさんなどがこまめに声をかけてくださり、様子を伺ってくださる。
常に親身になってくれる姿勢はいつまでも不変で、どれだけ心強いことか。
そして診察。母の体調も全く問題なく、今後、外来の間隔は伸びていくことになる。
オレはともかく、健康な人から腎臓を摘出したわけだから、まず母が大丈夫で、一安心。

そして私。今日は移植を執刀したサカナ先生が担当。
さきほどC教授が伝えてくれたように、腎臓には拒絶反応が見られず、
良好な状態でオレの体に生着しているという。また、今日の検査結果も特に問題なく、
数値も改善が見られ、来週からの職場復帰についてもOKが出た。
とうとう、ついにか。これまで長かったはずだけど、振り返ればあっという間だった。

初めて透析を開始した時「移植へ進んで頂くのが一番理想的です」と
当時の主治医から推奨されても、実感もイメージも沸かなくて。遠い世界の話に感じた。
体重も落ちて、移植も成功し、ある程度スリム?になるとは、
全く想像もできなかった。サカナ先生を前に、頭の中で今までのことが、
ぐるぐると思い出された。その横で母はうっすら涙を浮かべていた。
まあ、オレも感極まった。こんな日が来るなんてな。無理だと思ってた。
ただ、体を維持する、死なないように生きる、それだけ考えていたから。
感染症や合併症で入院もあり、申し訳ないけど、生きる気力みたいなのもなく、
「もし死んだらごめんね」みたいな気持ちを常に抱えていたな。
大きな体で透析をするのはやっぱり負担のかかることなので。でもそれしか選択肢はないし。

サカナ先生には透析導入をした病院に紹介状を書いていただいて、
2014年に初めてお会いした時から、おおらかに、優しく接して頂いて。
体重の減少がむくみによりうまく行かない時も、ひたすら見守ってくれて。
もう移植はできないんじゃないかと思ったことも幾度となくありました。
オレを見捨てずにいてくれたお陰で、ここまで来れた。恩人です。
当面は月1回の外来で様子を見ていくとのこと。
外は強い雨が降っているが、気分は晴れ晴れしている。ようやくだ-----。

■皆様への感謝
これまで、多くの方からお見舞いのお言葉や激励を頂きました。
長期間の休職でやや社会と隔離されがちではありましたが、
そうした皆さんのお気遣いがどれだけ支えになったかわかりません。

■家族(母)への感謝
女性の腎臓は男性より概ね小さいため、
女性→男性への移植はやや不利と言われていますが、
母の腎臓は通常の女性平均よりも非常に大きく、それも幸いしました。
日々有酸素運動を心がけていたこと、年齢の割には身長が高いこともなども一因では?
と先生が分析されていました。移植直後は、健康な人から腎臓を取ってしまった罪悪感も痛感し、
回復への不安と、それらの自責の念で、かなり精神的に厳しい時期もありました。
ただ、先生から「その気持ちは多くの人が通るもの。健康を回復すること
が一番の恩返しですよ」とご助言を受け、ようやく気持ちの切り替えができました。
身を投げ打ってまで、自分を助けようとしてくれる人の存在は幸せというほかありません。
また、父、姉、義兄など、身内のサポートも手厚いものでした。

■病院への感謝
某医大の主治医をはじめとした先生方、看護師の皆様の細かな連携と、
非常に丁寧かつ細かい説明、慎重な治療、誠意ある対応に驚きました。
多くのスタッフが日々何度も様子を観にきて下さり、
こちらの不安を一掃して下さいました。この病院に出会ったことも、幸せなことでした。

■腎移植までの道のり
2003年11月 初めて腎不全(高血圧性の腎硬化症)で50日入院
2013年08月 腎機能悪化で腹膜透析(注1)導入(21日入院)
2014年08月 紹介状を頂き移植外来へ初訪問
2015年02月 蜂窩織炎(注2)で17日間入院
2016年01月 腹膜炎(注3)で89日入院(透析の合併症)・休職開始
2016年03月 血液透析の併用開始(週1回)
2016年06月 母からの生体腎移植を正式決定
2016年08月 血液透析を週2回に
2016年11月 移植手術日決定
2016年12月 血液透析を週3回に
2017年01月 某医大に入院、下旬に移植手術
2017年02月 34日の入院を経て退院
2017年05月 復職

注1)腎生検
外から腹部を通じて腎臓に向けて細い針を差し込み、針の先端で腎臓の細胞を採取し、
採血や採尿、CTや超音波検査などではわからない腎臓の状態を把握するものです。
今回の場合は、自覚症状に現れない拒絶反応などの確認のために行います。
仕方ないこととはいえ、直接針で腎臓を傷つけるため、頻繁には行われず、
検査自体も高い技量が求められます。

注2)腹膜透析
人工透析には「血液透析(HD)」と「腹膜透析(APD/CAPD)」の
2種類があり、腹膜透析は新時代の透析手法として普及が期待されています。
腹部にカテーテルをつけ、ブドウ糖等で構成される透析液を腹膜に貯留
することで、浸透圧の原理で体内の老廃物や水分を排出する仕組み。
透析能力は血液透析より劣るものの、体に優しい、腎機能の低下が緩い、
病院への定期通院が月1度程度で済むなどの利点がある。一方で、
自宅での透析液や機器の管理などが膨大で、透析患者での利用率は数%に留まる。

注2)蜂窩織炎(ほうか・しきえん)
人工透析になると、肌の感覚がしびれなどで鈍くなり、傷口も治りにくくなる。
私の場合は暖房機器で低温やけどをしてしまい、その傷が化膿し、
激しい炎症を起こしたもの。

注3)腹膜炎
腹膜透析患者に多い合併症。腹部のカテーテル周辺が外部に触れている
うえ、抵抗力も落ちているため、比較的容易に感染する。

■最後に
腎臓病は「沈黙の病」と言われているそうです。
自覚症状がでる時には基本的に手遅れなことが多いです。
一度悪化すると、基本的には治癒はありません。
今、毎年約4万人が新たに人工透析の対象になっています。
皆さんも私のようなことにならないよう、体を大切にしてください。

移植腎臓の生着率は10年後で平均約85%です。
今は免疫抑制剤の進化で、生着率は改善の一途を辿っています。
肥満と血圧に注意し、頂いた貴重な腎臓を1日でも長く保てるべく、
節制した生活に努めたいと思います。
せめて還暦まで持ってくれれば、と祈るばかりです。
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移植検討時に頂ける小冊子の表紙です。

by navona1971 | 2017-05-14 09:02 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
まあ、このブログに書いた通りの病気、そして移植を経て、体重がだいぶ減少した。
むくみが取れ、余計な水分が体から抜けたこと、あと、一応、きちんと節制していて、
一日の摂取カロリーを抑えていることが功を奏している。
それでもまだBMIはある程度の数字だけどさ・・・。
食事に関しては、移植前は我慢というか、食欲を抑える、という感じだったが、
移植後は、食欲そのものが弱くなった。よく、移植をすると体が元気になり、
食べ物もおいしく感じる、とか、免疫抑制剤としてステロイドを服用するため、
その副作用に食欲増進があるので、それらの影響をまれに受けると聞いていたが、自分にはない。
調子自体は悪くないし順調だが、「食べたい!」という気持ちはあまり湧き出てこない。
まあ、毎朝5時半~6時に体重を測り記録しているので、増加への恐怖もあるけどねw

で、体重が減ったことで、多少なりとも体が小さくなった結果、服のサイズが変わる。
2年くらい前、アメリカンサイズのXXL(日本サイズの4L?)を着ていた。
移植前後には同XL(日本サイズの3XL)となり、今は、アメリカンサイズのLに近い。
ならば、日本サイズのXLが着られるのではと思った。
以前、たまたま「いつか着れたら」と買った、当時到底着れなかったシャツが、今、着られる。
あと、先週、義兄からもらったブルックスブラザーズのポロシャツ(L)も着られた。
それもアメリカンサイズだね(おおむね日本のサイズよりワンランク大きい)。

それらのサイズが、ユニクロのサイズ表にあったXLにかなり近い数字だったんだよね。
実はユニクロは、XLまでが店頭在庫。2XLからはオンラインもしくは銀座本店限定なんです。
XLが着られれば、買いに行くのも楽になる。っていうか、別にユニクロじゃなくても、
いわゆる「大きいサイズのお店」に行かなくてもいいというメリットが出て来る。
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着られれば幸いだし、着られなくても今後の目標にもなるから、試しにユニクロのXLを買いに行く。
近くのユニクロへ。シャツと肌着を購入し、早速帰宅後着てみる。
ちなみにシャツは「エキストラファインコットンブロードチェック」をチョイス。
どうでしょうか、オレのセンスは?(※商品画像はユニクロサイトよりお借りしました)。
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肌着は問題ない。しっかりフィットした方が汗の吸収もいいだろうし、動きやすい。
シャツは・・・着られて、ボタンも全て締めることができたが、ややキツい。着れなくはない。
あと数kg痩せればちょうどいい感じ。鏡を見ると、だいぶ体が小さく感じる(まだXLだけど)。
2XLなら楽かもしれないが、その世界に安住してはいけないw常に小さいサイズを目標にしないと。
緩い服を着ると、気持ちまで緩くなるんだよなあ。オレみたいな甘い人間だと。

これが着られれば、会社用のシャツはエディバウワーあたりでLを買えばいいんだけどな。
ユニクロも以前はヘロヘロな品質だったけど、いくらか改善されてきたね。
普段使い用はリーズナブルなチョイスでどんどん買い替えていくのがいいと思う。
どちらにしても体が大きめだと、服もへたりやすいからね。
あぁ、痩せたいなあもっと・・・がんばろ。

by navona1971 | 2017-04-25 20:22 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
今日は腎移植から85日目、退院から68日目。
採血や採尿、CTや超音波検査などではわからない腎臓の状態を把握するため、
「腎生検」を受けに、19日から移植手術をした病院へ1泊2日で検査入院しました。

腎臓の病気を抱える(た)人にとって、腎生検は比較的ポピュラーな存在です。
腹部から細く長い針を刺し、腎臓に到達させ、針の最先端部で腎臓の細胞を採取し、
分析することで、例えば自覚症状のない拒絶反応や病気の発見が容易になります。
僕は初めて腎臓悪くして入院したのが2003年で、その時も腎生検の話が出ましたが、
今より遥かに太っていたので、針が腎臓まで到達しない、とか、うまく刺せない、
などの理由で見送りになりました。よく行われる検査ではありますが、
腎臓を傷つけたり、腹部から出血の可能性もあり、安全性が高いレベルで求められるので。

だから初体験です。ちょっと不安もありましたけども。
リュックに荷物一式を詰め込み、病院へ。1泊とはいえ、いろいろ持ってくものはあるね。
空きベッドの都合で差額適用の4人部屋へ。1泊だし構わないと伝えていた。
移植の際は3Fだったんだけど、今回はその関係で7Fへ。
せっかく3Fのナースさんなどに会えるかなと思っていたのもあってさ。
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しかし、4人部屋はリフォームされめっちゃキレイ。専用のデスクまである。
まあ最近の新しい病院じゃ当たり前か。差額なしでも4人部屋も増えたしね。
1泊じゃある意味勿体無い。一般室は6人部屋だったからねえ。建て替えの話も出てるし。
そんなこんなで昼頃検査へ。検査は3Fの処置室で行う。ベッド移動とのこと。あらま。
3FでF看護師、Yナースなどに会い、お礼の言葉を伝えることができてよかった。
で、処置室へ。腎臓の位置を超音波で把握しながら、局部麻酔をして針を挿し込んで行く。

幸いにも痛みは皆無で、押されている感じがあるかもと言われたけどそれもない。
腎泌尿器科の先生が操作をし、僕の入院時に診てくれ、母の手術にも立ち会ったM先生や
I先生なども見守る。「だまさん、手術跡キレイになりましたね、安心しました」。
そう、結構抜糸後はひどかったんだよねえ。僕もびっくりです。

で、「ここですね」と言いながらホッチキスを閉じるような音がして細胞の採取。
二箇所ほど。分析担当の方が「これで大丈夫です」と。小一時間で無事終了。
移植前の人だったりすると、1日絶対安静なんだが、先生は様子を見て2時間安静でOKと。
そのままベッドに戻り、じっと寝る。少ーしお腹がじんじんするけども。
安静中トイレに行きたくなったが、この状態なので尿器で済ませる。
(汚い話でごめん)。でも驚いたのは、600ccも出たこと。多少我慢はしたけども、
尿がしっかり出ることの大切さに感動してしまう。健康な人には当たり前の話ですが。
透析開始時の1日の尿量が1500ccくらい、で、血液透析併用で尿量が急速に減り、
移植直前は100ccを切っていたほどだから。透析できないぶんはむくみで体に残るしね。
今は1日2.5リットルくらい飲んでいるけど、体重は当然増えない。きちんと尿が出るから。
余談だがナースステーション前にある動脈硬化の模式図。オレはてっきり動脈硬化って、
血管自体が硬くなるのかと思ったら、こういう感じなんだね。無知ですいません。
でも、悪玉コレステロールによる血管狭窄は怖いです。皆さんも気をつけて。
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2時間後、保護テープを張替え、安静終了。
とはいってもやることはなく、スマホをいじったり、テレビを見たり。
部屋はなんと30℃。それでなくても病院って暖かめにしてあるからねえ。
去年は89日、今年も34日入院したけど、こうして体の調子がいいと1泊でも退屈だ。
夕方、腎生検した部位を超音波検査。血腫などがないことを確認。
で、ごはん。牛肉の時雨煮が出たが、しょっぱく感じたのが驚き。
病院って基本塩分抑えめだからね。それでもしょっぱいと思うくらいの感覚があるんだな。
こういうことは狂わせずに維持させていきたい。慣れってすごいわ。
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夜は友人SY氏と渡り廊下の通話コーナーで長話。彼の結婚も近そうな雰囲気だなあ。
桜ももう一度見たいし、日曜日は日帰りで福島へ行くことにする。
スケジュールはぎゅうぎゅうじゃなく、ゆっくり目。昼に着くイメージですわ。

翌朝、先週第一次目標体重到達と書いたものの、1日しか維持できずやや増えた状態だったが、
この日一週間ぶりに再度到達(翌日の21日も維持)、いい感じで推移している。
増えて減って、というジグザグを続けながらトータルで減っていくのが理想的なんだわ。
朝、買物をしに売店へ。渡り廊下で外来担当で僕を見守ってくれいてたSナースとバッタリ。

Sナース「だまさん腎生検ですよね?」
だま「外来で最近お見かけしなくて、気になっていたんです」
Sナース「実は4月からだまさんがいた3F病棟に移ったんですよ」

あらま。Sナースにはナースの中では一番お世話になったので、深く深く頭を下げる。
移植前の外来では、先生が移植挑戦への目標とした体重になかなか届かない僕を励まし、
移植後もことあるごとに病室へ来てくださり、相談、労りをいただいて。
今でも思い出すと、泣けてしまうほどなんだわ。母にもよく声をかけてくださって。
この病院はミッション系だが、まさに博愛の精神で支えて頂いた。
「また外来にも顔を出すので、いつでも会えますから!」。天使だなあ。
オレより気持ち年上くらいだが、上品で優しい方。

その後の売店でもG看護師と会い、彼にも特に術後尽力してくれて。お礼を。
ちなみに売店で買ったのはコレ。塩分控えめ+カリウム、リン少なめのポン酢としょうゆ。
ただの減塩でもいいんだけど、一般的な減塩製品は、塩の代わりに塩化カリウムを使う。
今のオレはカリウム制限はないし、正常値なんだけど、キャベツなども多く摂っているから、
調味料では念のため控えめなものを選んでおく。通常製品より割高ではあるけども、
せいぜい外食ランチ1回分程度の出費でしかない。それで健康が買えるなら安いもの。
そうそう、キャベツはドレッシングで食べるのもいいけど、ポン酢も合うのよ。
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部屋へ戻ると僕を執刀したサカナ先生が。再度血腫などの確認のため超音波検査を、と。
昨日同様処置室へ。一緒にエレベーターに乗ると、壁の鏡を見ながら、
「だまさん、全体的に体つきが普通になってきましたね」と。嬉しいなあそう言われると。
この検査くらいでも、移植の際に支えてくれた先生が3人も来てくれて、
何事にもきちとこだわる姿勢で、忙しいところに申し訳なくもあるがありがたい。
ここでの検査でもOK。最後、さらに念を入れCTを撮影し終了。
さあ、帰りましょう。

今のところ問題はないですが、結果はGW明けに判明します。
これが大丈夫なら、ようやく会社へと戻ります。
神にも祈る気持ちで、その日を待ちたいと思います。
けれど、入院で病院の皆さんに会えて、支えられてる気持ちをさらに強くする。
本当に細かく、手厚く、一切の手抜きがなくサポートしてくれており、
移植前に「移植手術がどうなろうと悔いはない」とここに書きました。
ぞれは今も変わりません。自分は恵まれています。幸せだと思います。

by navona1971 | 2017-04-21 08:06 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
今日は姉が通っているヨガ教室で開催される「病中・病後ヨガセラピー」に誘われた。
ヨガの効能については諸説あるが、少なくとも姉については、
長年の多忙なOL生活+長時間通勤で数年前は疲れ切った体をして姿勢も悪かった。
仕事を辞めたことももちろん大きかったが、こちらに通うことで、
背筋が伸び、顎も上がり、お尻も小さくなり、
身長170cmにふさわしい?かなりスリムな体つきにまで至った(最近リバ気味だけどw)。

男性はどちらかというと力任せな運動をする印象、傾向が強い。
その方が疲労感や充実感を得られる感じがあって。
自分も実は体調を悪くする前は長くスポーツクラブに通っていて、
そこでもヨガ講座はあったが、全く行かずに泳いでばかりいた。
まあ、着替えとか荷物がバカにならなくて、プールだと海パンとキャップだけで済むし。
それに、冷たくて気持ちいいし、泳げる親友から教わって楽しかったのもあったし。

食わず嫌いはいかんので、今日はその誘いに乗らせてもらい、ビジター参加する。
その前にスポーツウェアを用意しないと。前述の通り、プールばかりだったから、
所謂ジャージ系のものは皆無。前々からどうしようか考えていたところ、
紳士服のAOKIが、最近「大きいサイズ」路線に進出、積極的な商品展開をしていると知る。
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ちょうど行く途中のセンター北駅近くの店舗が取扱店とWebで書かれていたので、
ヨガ講座へ行く前に立ち寄ってみる。お店は真ん中に仕切りがあり、
左側に「Sizemax」の文字があったので、左が大きいサイズ、右がノーマルかと思ったら、
右側にもずらりと大きいサイズが。かなりの取扱数で驚いた。
以前愛用していたサカゼンや銀座ユニクロの大きいサイズコーナーとは比較にならない。

肌着や下着、靴下も試しに買ってみる。体が痩せたからサイズ把握がしにくいんだよな。
今はアメリカンのXLが大きく、Lか。日本サイズだと2Lくらいな感じ。
この日、姉夫婦からブルックスブラザーズのポロシャツ(L)をもらったが着られた。

その後、ウエアは無事に買えて、ついでにスーツも見てみる。
身長と、ウエストで細かく区分けされ、在庫数もたっぷり。ほー、選びがいがある。
店員がかけよってきた。押し付けがましくなく、よい対応をされる方なのでおしゃべり。
「大きいサイズには非常に充実のご希望を頂いておりまして、こういう形に至りました」。

世の中そんなにデブがいるとは思えないが。ちなみにレディスもあります。
ただ、ノーマルサイズは、ユニクロ、GU、しまむら、ネット通販など競争が激しい。
それに、ああいうサイズだとどうしても客単価も厳しいものがある。
スーツ販売もカジュアル化、クールビズの流れで市場縮小が進み、
AOKIも紳士服販売とは縁もゆかりもない事業が売上のかなりの割合を占め、
「脱本業依存」の姿勢を明確にしている。一方で、ニッチなニーズも貪欲に狙うわけだ。
サカゼンの客も、オレもそうだが、大きいサイズを求める客って、確実に客単価が高い。
横着だからwwまとめ買いも目立つし、「買える時に買っておく」って傾向がある。
普通の体型の人のように、そこら辺でパッと買えるわけじゃないから。

ここは普通に8Lとか置いてたな。スーツはそれなりの価格だったが、2パンツだったし、
腹部や胸、おしりなどを体型に合わせた加工をしていて、納得できるレベルに見えた。
痩せている人なら、シンプルなスーツショップの画一的な商品でも見栄えするのよ。
だけど、大きい体で安物を着ると、一気にそこが強調されてしまうんだわ正直。
いやー、オレに心強いお店ができたわ。今後も愛用していくと思う。
店の雰囲気もダサくなく、店員さんの対応も良く、気に入ったわ。

その後、姉夫婦宅ついて準備し、近くの教室へ向かう。
ビジター料金2000円を払い、中へ。
講師は51歳の女性だが、すらりとしてスタイルがよく、10歳近く若く見えた。
美人系ではないが、かわいい系だな(どうでもいい情報w)。
スタートする前雑談で、病気と心の問題の話題になったが、講師の方も言うように、
メンタルな部分が病気の治癒力に影響するってのはあると思う。心持ちは大事だ。
移植直後の不安定な気持ちを思い出す。前向きな姿勢は保ちたい、なんとか。

講座は病中・病後を謳うだけあって、ハードに体を動かすものではなく、
講師の指示通りに体は動かすものの「無理はせずに」と常にこちらを気遣う姿勢。
でも、自分ではなかなかできない「筋肉、各種部位を意識した動作」ができるのね。
あと、気になっていた腹部や腰回りの弱りも、重点的に動かせた感じがする。

部屋が午後の日差しでやや温まっていたこともあるが、じんわりと汗をかく。
瞑想音楽みたいなのをBGMに、優しい講師の声で目をつぶると、リラックスできるね。
おっさんになってきて筋肉痛が翌日ではなく二日後に来るので、恐怖だが楽しみだw
そんなこんなで60分弱の講座は終了。意外に楽しめました。
充実感とともにビルの外へ出ようとすると、横にはセブンティーンアイスの自販機が。
思わずクッキークリームを購入(ヨガの意味ねーじゃんとか、ツッコミはナシでw)。
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義兄が今日は定時過ぎには帰宅できるとのことなので、待ってみる。
あ、あと4/22(土)のハマスタ、横浜vs中日のチケットももらっておく。久々の観戦。
帰宅後は夕食をみんなで頂きながらCSで野球中継を見たり、WWEを見たり。
そうそう、最近見ないなあと思ったプリンスデヴィッド。WWEに移籍したらしい。
かっこいい白人紳士だったが、顔はヒゲだらけに変化していた。
てか、彼ジュニアだよね?でも、体が太くなっていたなあ。
久々にサモア・ジョーもいた(曙に似てるよな)。大阪公演での対中邑戦もやってたな。

野球の方は中日が延長の末、2アウトランナーなしからサヨナラで義兄ご機嫌。
阪神はなんとか広島の勢いを止めた。ヤクルトは山崎を攻略し土壇場で追いついたが、
結局サヨナラ負けかいな・・・。それらを見届けたあと、帰宅。

翌朝、体重計に乗る。なんと前日比1kg増でがっくり。
理由を考える。ヨガにも行った、便秘もありません。おそらく、
夕食の塩分がやや多かった=体に水分が保たれ、その分が体重に反映、のパターン。
ちなみに塩分1gは体に100ccの水を留めてしまいます。
しかも、昨日は暑さやヨガや、いろいろおしゃべりして喉が乾いたから、
いつもより1リットルくらい多く飲んだんだよ。さらに
振り返れば普段の自分よりやや塩分が目立った内容だったかも。
つい、話しながらそこそこ食べたしなあ。本当に自戒せねばらない。
まあ、1回だけだし、長期的に見ればどうってことないことなのだろうが。
塩分は怖い。早速、土曜日はそれらをさらに控えた食事に取り組む。取り戻さないとな。

by navona1971 | 2017-04-15 10:54 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)

3週間ぶりの外来

水曜日、病院へ行く前日なのに、結局、多摩川と横浜で目一杯歩いてしまった。
実は筋肉を疲労させると、検査の値が上昇するケースがある。
それも考慮して、あまり歩かずに帰る、と思っていたが、つい気持ちよく歩みを進めてね。
帰宅後冷静になってちょっと「まずいかな」と。
オレはちんたら歩く方だが、母はスタスタで、それに合わせてしまったから。

夕方、高校時代からの親友Sから連絡。既婚者で子供もまだ手がかかるから、
なかなか都合が合わず、こちらよりあちらからのアプローチで会うことが圧倒的。
「今夜どう?」と言われたが、翌日の外来検診の準備やら残薬チェックなどがあってな。
無理すれば行けないこともなかったが、やはり病院と体調管理は最優先しなければ。
会いたかったんだけどな。近いうちにこちらからも連絡しよ。翌朝、いつもの体重測定。
ついに、第一次目標体重を100g下回る数値を計測。ようやくだー。外来日に到達とは嬉しい。
そして、早めに病院へ。正門横にある桜は散り始めだがまだまだキレイ。
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受付を済ませると、まずは採血。免疫抑制剤の適切な服用量を決めるために、
それらの血中濃度を測定する。採血部門で確認作業があるのだが、
その際、体重も申告する。「○○kgです」と伝えると、
事務の女性が「ええっ」と驚かれる。

だま「えー、どうしたんですかー」。
女性「そんなにあるようには見えない体つきです」。

そう言ってもらえると。でも喜んでいいのか?顔はともかく体は確かに少し細くなったか。
でも、まだまだお腹は・・・。
採血後、外来窓口へ。血圧脈拍測定。血圧は正常だが脈拍が高い。
これは緊張しているからです。はい、ドキドキです。結果が出るまでは。
まだ不安があるんだよ、正直。で、名前を呼ばれ診察室へ。新任のM女医。
若い方らしく、よく存じ上げるY医師がすぐ横に。先輩として指導しつつ、という感じ。
「だまさん、いい感じですね。体重が停滞?それは仕方ないです、
僕も減量したって言いましたが、その後リバウンドです。医者なのに情けなくて」。
苦笑しながら頭をかくY先生。でも、十分イケメンで爽やかなんだしー。

伝えられた検査結果は概ね問題なし。よかった。前回より数値も改善している。
それがわかればとにかくホッとする。
ただ、移植後からわずかながら尿に血が含まれているそう。
けれど、他の数値を見ても「大きな問題はないでしょう」とY医師。
もしかしたらドナーが持っていた腎臓から抱えていたことかも知れません、とも。
いずれにせよ、近日中に腎生検(腎臓に針を刺し細胞を摘出して検査をする)のため、
こちらに1泊2日の入院をするが、「詳細はそこでわかると思います」。
自覚症状のない拒絶反応もあるのでね。

ちなみにサイトメガロウイルスに感染したことはこちらにも書いたが、
Y医師によれば、母は保菌者だったのだが、
ドナーが保菌者の場合は30日以内にレピシエントも感染するそうなので、
「これも皆さんほぼ必ずと言っていいほど感染するので、気にしないで」と。
ただ、もし風邪っぽい症状などには気をつけなければならない。
体温測定も毎朝行い、異変を早期に見つけるようにしないとね。
採血の結果、結局免疫抑制剤の量もまた一段階減少。
まずは一安心。

地元に戻ってから、ドラッグストアへ立ち寄り、保湿クリームを探す。
最近は面倒がらずに毎日使っていたから、とうとう空っぽに。
あれ、あれは医薬品かな?広い店内で探しきれない。
手の空いている店員さんに声をかけると「こちらですぅ」と。

店員「今はこちらなどがお肌に特によい、と仰ってます、皆さん」。
だま「ほー」。

商品を見たら小さいチューブ式で値段は1800円。たかっ。
オレがこんな高級品塗っても見せる人いねーよ。

だま「お姉さんみたいな綺麗な人なら意味あるけど、僕はいいよー」。

結局、820円のメンソレータムをチョイス。帰宅。ふぅー。

by navona1971 | 2017-04-13 22:32 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
腎移植手術から約二ヶ月。
体調も落ち着いてきたので、そろそろ、と。
この日は移植手術をする前までお世話になっていた某大学病院へ挨拶に向かう。
移植を奨めてくれたのはこちらで、今の病院へ紹介状を書いてくださったのが始まり。
透析に移行した際、「移植は現状では最適なので、ぜひ検討してください」と。2013年の夏にね。
学会などでも交流が多いのだろう。両病院とも先生間のやりとりがそれなりにある様子。

病院最寄り駅へ。もう数え切れないほど来たね。
病院への一本道はこれまで、足取りが重いことの方が多かったかな。
移植直前は週三回こちらに血液透析に来ていたものね。

正面玄関からエレベーターで上に進み、透析室へ。
ドアを開けるとナースや技士さんの視線が集中するのだが、
今日はみんな一瞬固まっていた。その後「あ、だまさん!」と。
「全然違うじゃないですかー、痩せましたねー」とSナース。
続けてみなさんが手を止めて集まって来てくださった。
「おめでとうございます、よかったですね」皆さんが口々に。ありがたい。

移植手術の顛末を説明し、移植直前には血液透析も併用したので、
ここにも半年ばかり通い、皆さんにお世話になったので、お礼をさせて頂く。
ああ、元気になるのは嬉しいけど、笑顔が素敵で優しかったナースの面々とは、
もうお別れなんだろうな。お世話になることもないんだな。それはちょっと寂しい。

続けてこちらでの主治医だったO先生にも顔を出さなければ。
ただ、先生はこの日午前、外来診察担当だった。
それを踏まえ、午後に行けばいいなと思ってたが、診察が混み合っていたようで、
午後になっても先生は外来診察室にいらした。改めます、と遠慮したのだが、
M看護師が「今呼んできますよ、いい話ですし」と。すぐにO先生はいらしてくれた。

先生「おお、だまさん、痩せましたね。体が小さくなりました」。
だま「先生が導いてくださったおかげです。本当にありがとうございました」。

無事に移植手術を終えられたこと、今後も自制すること、
腹膜透析のお陰でここまで来れたことなど、改めてお礼をお伝えしました。
また、移植先病院での入院から退院までの経過をA4で3枚ほどにまとめ、
大げさですが報告書としてお渡しさせて頂きました。
その後は入院病棟にもご挨拶とお礼に。なんというか、一息ついた感じです。
ちょうど1年前、90日ほど入院していたんだよな。
その時は、1年後に移植が無事にできて、お礼に行けるとは想像もできなかった。
ただ、自分は妙に悪運が強いところがあって、崖っぷちというには大げさだが、
窮地に追いやられることがあっても、最後の一歩で踏みとどまる。
まあ、自分で脱出するというより、救いの神が舞い降りるというか。
もちろん、そんなジンクスは信じないし、頼らないけど。
ようは、自分がみんなの力によって生かされているという、それだけのことです。
自分の周囲に素晴らしい人が多いだけ。その厚意に支えられている。

そう、書き加えると、腎機能が悪化し、透析導入だ、となった際、
血液透析と腹膜透析のうち、この病院が腹膜透析を勧めてくださったことが、
結果的に腎機能の急激な低下を防ぎ、移植後の回復の早さにもつながった。
腹膜透析は長期的には腹膜の石灰化による合併症(EPS)の危険はあるが、
血液透析より基本的には体に優しい透析手法ではあるから。
しかし、腹膜透析は透析患者のわずか3%程度しか普及していないのが現実。
確かに、病院に行けばあとは全ておまかせの血液透析は語弊を怖れずに言えば楽で、
腹膜透析は機器や透析液の管理も大変だし、透析能力はやや落ちるので、
体の大きい僕にとってはかなり負荷の高いものだった。
実際副作用として多い腹膜炎にもなったしね。でも一方で、
会社へ普通に通うことができたのも通院が不要な自宅での腹膜透析だからこそで、
これがサラリーマン透析者にとっては本当に大きかったと思います。
正直、心が折れそうになることもあったんだけどね。

病院を終えたあとは一気に横浜へ。
横浜高島屋で「こち亀展」やってたからさ。一応好きだったし、見たいね。
しかし高島屋も流行っているのは地下の食品売場と、高齢者向けの衣服を特価で扱う
催し物会場フロアくらい。マジな話、あと20年くらいしたら居抜きでドンキホーテや、
業務スーパーになってるかもw 川崎さいかやなんてすでにそうなったしな。
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※画像は撮影OKゾーンにて。部長話のこの手のオチ大好きですw

こち亀展は面白かった。
てか、両津、中川、麗子らの初登場シーンの生原稿には感動w
中川も麗子も最初の頃は両津までいかないが結構弾けたキャラだったんだよねえ。
その後は6Fにあるイノダ珈琲でお茶。オレは知らなかったが京都で有名なんだって?
おばちゃんで大混雑だった。オレにはドトールあたりと味の違いがわからなかったw
レモンケーキはまいうーだったけどね。
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by navona1971 | 2017-03-23 23:59 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
今日は一昨日のブログの最後に書いた通り、
サイトメガロウイルスに感染したため、臨時に外来診察を受診するんで早朝、病院へ。
採血などをしに臨床検査室へ行くと「今日は診察だけで検査はないですね」と。
あれ?電話では確かに検査があります、と言われていたが。
うーん、ま、病院側が言うならそうなんだろう。そのまま引き下がり、
検査後に、と思ってた朝食と服用するつもりだった薬をとってしまう。
そして外来窓口へ。

「だまさん、検査は終えましたか?」と事務の方。
「いえ、さっき検査室で”ない”と。あったって言われた気もしたんですがー」と私。

あれあれ、と確認する事務の方とナースさん。
どうやら検査予約を入れる前に私が検査室に着いてしまったらしい。
「ホントにごめんなさい、今から検査いいですか」あらー、検査室で確認を求めればよかった。
盲目的に病院を信じてしまうからさー、どうせ私より正確だろう、って。改めて検査室へ。

そして再び外来へ。
移植支援担当のSナースが「だまさん本当に痩せましたねえ」。
確かにそうだけど、以前が異常なだけでまだ肥満度Ⅰありますからw。
でも、Sナースは一番最初に受診した時からお会いしているからってのもあるかも。
あの時から比べれば女性一人分くらい体重減ったからなあ。
待っている間、廊下では退院後はじめてさかな先生にもお会いし、深々と頭を下げる。
「どうですか、うまくやれてますか」。「はい、なんとか」。
次回はさかな先生に診てもらう予定。その時しっかりお話をしよう。

今日の外来は腎臓内科のY先生。お会いするのは久しぶりだなあ。
「だまさん痩せましたね。私も減量してますw」と先生。確かに細くなった。
「医者が太っちゃ皆さんに説得力がありませんからね~」と苦笑されていた。
サイトメガロウイルス(CMV)については、予防薬を服用していたので、
感染はしているものの、値(菌の数?)は低くとどまっている。引き続き服用することに。

潜伏期間から逆算すると、退院前後に感染したようだ。
それについて自己管理面で残念だ、と伝えると、「CMVはどこにでもある菌で、特に最近は
感染率が高いので、こればっかりは仕方ないんです。罹る罹らないはもう時間の問題で、
早いか遅いかくらい。対処療法しかないですし。以前は今服用している薬すら
なかったんです。なので、CMVの症状がはっきり出たらすぐに対応するので電話を」と、
やはりY先生もとても丁寧な対応をしてくださった。本当にありがたい。
あと、超音波検査で腎臓も確認。拒絶反応らしき動きもないとのこと。

「減量や血圧、免疫抑制剤の服用時間ばかりに目が奪われたかも」と頭をかくと、
「移植は配慮すべきことが多いので、これもプラスにしてください」と優しい言葉。

CMV感染ということで、気になって気になって朝から脈も上がりっぱなし(100!)。
ただし血圧は119-79と病院で計っても低め。嬉しいけど。
緊張のせいか帰宅後はちょっと頭痛。あとから採血で待ち時間も長かったし、疲れたのかも。

by navona1971 | 2017-03-09 19:16 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
今日は手術から36日目、退院から20日、術後一ヶ月目の外来。
一昨日ドナーである母の初外来が終わり、健康状態に全く問題ないことが判り、
先生やナース、薬剤師の皆さんからの支えも沢山頂き、
それまであったプレッシャーからだいぶ解き放たれた気持ちに。
お陰様で術後2週間目の初外来の時よりはふっきれた雰囲気で病院へ向かう。
採血の都合でかなり早い時間の田園都市線に乗ったが、相変わらずの混雑ぶり。
そして病院へ。採血などを終えて、外来へ。
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移植手術自体を担うのは腎泌尿器外科だが、当然、腎臓内科との関係も深い。
このため、入院中も同科の回診を受けたし、院内血液透析室の管理もそちら。
今後も腎泌尿器科と交互に外来を受ける形に。内科面でのアプローチも大切です。
待合室で座っていると、Kナースが声をかけてくる。一昨日も会ったばかり。
私より少し年上くらいの感じだが、若い時はモテたんだろうなあという雰囲気。
「だまさん、私さっき泣きそうになっちゃった」。え?なんで?
「だまさんが作ってきたExcelのシートの記録ぶりが細かくて、
”あーぁ、ここまでやってくれてるんだ”ってなんだか感激しちゃって」。

またまたw、あれは一日何分もかからんし、やれば自分が気楽だから。
そもそも、一日も長く頂いた腎臓を持たせるには、自己管理を徹底するしかない。
日々記録すればするほど、細かな変化も、また、自制の成果も確認できる。
というか、入院中のブログにも書いたけど、もちろん自分のためでもあるけど、
ドナー、家族、友人、会社、病院の皆さん、みんなが自分をどうにかしようと、
骨を折ってくれているわけで、それに応えるには、健康という成果を出さないと。
自分のためになんてそうそう頑張れないし、私は。みんながいるからこそ。
でも、その後来た薬剤師のSさんは「周りも大事ですけど、あれしたい、
これしたい、って自分の楽しみも見つけるのも忘れずに」とアドバイス。
そうだね、最近ようやくそういう気持ちが少しずつ出てきた面はある。

そんなこんなで診察時間。腎臓内科のH先生。
同僚の先生方にはお会いしていたが、H先生は初めて。
検査結果を踏まえ、とてもいい状態で推移している、と。よかった。
気になっていたのは血圧。自宅でのこれまでの計測データと、
今日の病院での結果(130-87)を見て、「降圧剤の必要はないですね~」と。
これもよかった。飲まなくていいのなら飲みたくなかった。
移植前は限界まで飲んでも下がらなかった。160台は余裕で突破してたし。

何度かここで書いたが、私は高血圧による腎硬化症だった。
高血圧が腎臓の毛細血管を壊し、腎臓の能力を落としてしまう。腎機能が落ちると、
脳が血流が低いせいと誤認して血圧をさらに上げる、という悪循環に陥る病気。
逆に、腎機能が作用すれば、血圧を上げる要素は消えるから、正常値になる。
今は減塩生活もしているからね。
「このままの生活をぜひ続けてください、暖かい季節になれば、体はさらによい
状態になるでしょう。かえっていい時期に手術したと思います」と先生。
確かに一番寒い、ウイルスも蔓延する怖い時期に入院していたものね。

ちなみに今は一日1900~2300カロリー位で推移している。
3食と間食のカロリーをレコーディング。で、ちょっとお腹が空いたな、
という時にお奨めなのが「ブラックサンダーチョコ」。散歩前後に向いてるし、
110カロリーというのが実にちょうどいい。計算もしやすいし。
ボリューム感もあります。コンビニで33円だったかな。皆さんもぜひ。
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by navona1971 | 2017-03-02 17:12 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
2月最後の今日は、腎移植のドナーである母の初外来の日。
ドナーの健康状態は当然気になること。念のため、立ち会わせてもらうことに。
体に負担のないよう、タクシーで病院へ。昼に検査を済ませ、午後、診察。
移植外来にかかわる様々な皆さんが待合室にいる私を見つけ声をかけて下さる。
薬剤師のSさん。病棟担当ではなかったのでお会いするのは移植前以来。
カルテにも全て目を通してくれたそう。今の薬の服用状態についていくつかやりとり。
さらにナースのKさん、特に精神面での労りを頂く。

そして受診時間。母を執刀したザコシ先生のもとへ。
たまに皮膚の張りを感じるという母の腹部も診てくださる。
やはり深くメスを入れて、その後貼り合わせているぶん、
当面の間はそうした違和感があるそうで、いずれ解消するとのこと。
もちろんそう思っていたが、やはり経験豊富な先生からの言葉だと、安堵します。
採血等の結果も問題なく、蛇足だが善玉コレステロールの値などはむしろよい方だとか。
腎機能も大丈夫。それを聞き、ホッとする。頂いた腎臓は大切だが、極端な話、
私がどうなろうとも、ドナーの健康は必ず維持されるべきだから。
もちろん、様々な検査や診察の末、先生方のきちんとした判断でドナーとなったから、
私がいちいち心配するのはまさしく杞憂なのだろうけども。

厳密には今日は私の診察日ではないが、先生が「だまさんはどうですか」と切り出す。
データ管理して自制している旨を伝え、Excelシートもお見せし、「素晴らしいです」と
ありがたい言葉を頂戴したが、先週辺り、不安な健康維持とドナーへの心配で、
精神的にかなり追い詰められたことを正直に伝えた。
先生は頷きながら、「最初はどうしてもノイローゼチックになることもあります」と。
そうかぁ、多くの人が通る道なのか。でも母の状態がわかり、だいぶ気持ちは軽くなった。

そういえば、薬剤師のSさんが「免疫抑制剤として服用しているメドロール(ステロイド)
が、精神障害の副作用があるので、気持ちの変化はその影響もまれにあります」とも。
今も決して服用量は多くないが、今後、量は減少していくので、
おそらく問題ないと思うけど、そうしたことも頭に入れておく必要がありそう。
「もっとどっしり構えましょう、だまさん、ゆったりと、ね?」と笑顔でSさん。

でも、ザコシ先生が丁寧に話を聞いてくださり、よかった。「激しい運動でなければ、
散歩的に少し離れた場所へ行ったりするのはもう大丈夫ですよ。(急性)拒絶反応が
起きやすい時期は過ぎつつありますし」と。ありがたいなあ、ホッとする。
ザコシ先生に深々とお礼をして去ろうとすると、隣の診察室からM先生が駆けてくる。
私の退院にGOサインを出してくれ、抜糸も施術した主治医グループのお一人。
「傷口どうですか?だまさん」。治癒の進展を見るため、1日1回iPhoneで手術痕を撮影
していたんだが、役立った。画像をお見せすると「いいですね!腫れも落ち着いているし、
縫い目の段差も心配していましたが、解消されていますね。傷も小さいし」。
抜糸をしてくださった際、M先生は特にそれらを心配していたから。よかったわ。

さらに隣室にいる後輩のH先生へ「Hくん、だまさんの傷だいぶよかったよー」と
安心した様子で報告している声がこちらにも耳に入った。H先生にもかなり診てもらったし。
ここは先生、薬剤師、ナース同士の情報共有、連携が本当によくできていて、
「知らない、聞いてない」がない。こうしたことは意外に実現できている組織は少ない。
聞けばきちんとミーティングをしているとか。形だけでなく、中身も濃いはず。
それはきっと「患者のため」という目的で全員の想いが一致しているからでしょう。
それを各自が認識できているからこそ、下らない個々のしがらみや壁はないんだね。
病院としてだけでなく、組織のあり方としても、大いに参考になります。

母もやはり安心したようで、帰りは二人ともしっかりとした足取りで地下鉄にて帰途に。
病院の皆さんの献身的な姿勢に改めて感謝です。
画像は腎移植者のための小冊子「LIFE LONG」。今日頂きました。
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by navona1971 | 2017-02-28 19:51 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)