カテゴリ:人工透析編( 29 )

近況報告

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いやいやどうも。
ブログの更新も遅滞気味で申し訳ありません。
最近はどんな感じなのか、といいますと、
今年1月に腹膜炎で100日入院し、退院後は腎臓移植手術を控えていることから、
それを終えるまで休職をすることになり、会社はお休みしています。
前々から移植は視野に入れていたのですが、仕事をしながらだと、なかなか準備が
進まず、今回、入院をある意味いいきっかけとし、いっそのこと、
なにもかもがうまくいくまで静養する、という流れになりました。
このような提案をしてくれた上司には感謝の言葉もありません。
実際、自分からはなかなか切り出せませんから。弊社は決してお給料は高くないのですが、
それ以外は実にホワイトな組織なのがありがたいです。
お金よりも気持ちよく働けることの大事さをこの会社で知りました。
幾多の転職の末で辿りつきましたが、お陰様で13年目になりました。

その後移植手術前の検査(本人・提供者=母親)も時間がかかりながらも問題点なく
進み、来年1月には紹介先の某医大病院にて、移植手術を受けることが決まりました。
体調を整えつつ移植を待ち、早期の社会復帰を目指しています。
腎臓病(腎不全)は現在の医学では移植以外に治る手段はありません。
その一方で非常に強い臓器になっており、しかも体に2つもあります。
通常、健康な人であれば、一つだけあっても体を担うのは容易だそうです。
ただし、ひとたび痛めると血液の浄化機能、そして水分の除去機能などを失います。
放置しておくと、尿毒症、むくみによる心不全などで確実に死に至ります。

私の場合、腎機能の低下は高血圧で腎臓の毛細血管に負担をかけていたのと、
20代の頃の仕事によるストレスが原因だったと思います。
病気になる1年前に残業250時間が3か月続き、会社に4泊5日したりとか・・・。
その後の今の会社へ就くための転職活動のプレッシャーも非常に大きかった。
もっと自分の体へのケアを大切にすべきだったと今更ながら悔やんでいます。
2003年に腎不全で初入院後、2013年の透析導入まで私を診てくれていた某医大病院
の先生より、「できることなら移植はした方がよい」とのご助言を頂き、
母が了承し、移植への道を進むことにしました。母には申し訳ないと思います。
私がもう少し年齢を重ねていたら移植もせずに諦めたでしょう。
しかし、まだ40代で、仕事も頑張らねばならず、移植しか選択肢はなかったです。

移植が近いこともあり、透析効果を上げるため、2013年から透析導入し、当初は腹膜透析
(腹部にカテーテルをつけ、自宅で機械により、腹膜に透析液を出し入れし、浸透圧の原理
で老廃物や水分を除去する)のみだったのですが、今年春から、血液透析も週1回導入し、
夏からは週2回、そしてこの冬からは週3回のペースになっています。

腹膜透析は自宅で寝ている間(夜間)できるため、仕事との両立には寄与してくれました。
ですが、透析性能自体は血液透析より劣るのが現実です。一方、血液透析は
通院するのは確かに面倒ですが、効果はてきめんで、腹膜透析より遥かに体が楽になり、
今は透析導入直前の頃よりもずっと調子がよく、大変助かっています。
お陰様で以前は歩くのさえつらく、毎月何度もタクシーのお世話になっていましたが、
ここ最近は長距離のウォーキングもほぼ毎日できるようになりました。
この楽な感覚は何年ぶりだろう、と思うくらい久しぶりのものです。
なにせ腎不全の症状はむくみ(尿による水分除去能力が落ちるため)や、だるさ(同様に
老廃物の除去がしきれないため)、足裏のしびれ、息苦しさ、各種感染症や病気への
抵抗力の低下(昨年は蜂窩織炎で危うく死にかける)など、非常にしんどいものばかりですから。

血液透析と言うと、僕も避けていた通り、太い針を2本刺して寝たきりのイメージでしたが、
実際は多少異なり、針を刺すにも事前に肌へ貼り付けるテープ式の局所麻酔薬を使うと痛みも
通常の採血程度まで軽減され、透析時間もベッドに備え付けられたテレビを見たり、
スマホの操作も自由です。4時間は確かに長いですが、
我慢できる範疇じゃないかとも思っています。まあ、通っている大学病院の透析室が
ちゃんとしているというのもありますね(スタッフの技量、人柄などなど)。

ただ、移植をしても、いつかまた移植した腎臓が機能を失う日が来る可能性が
高いです(腎臓移植とはそういうものなので)。今、血液透析がどういうものか知っていれば、
ある意味納得して透析生活に戻ります。血液透析を知らずに移植していたら、
再び透析生活に戻る際の恐怖、落胆、失望などはきっと比べものにならないしょうから。
自分の中ではそのくらい血液透析への誤認や偏見があったんです。
でも、私が通う病院のしっかりとした血液透析への体制は、それを和らげてくれました。
入院生活や移植の状態などについては、いずれまたここでも語りたいと思います。

最後に・・・。
ここ何年間か、飲みに行こうとか、どこかへ行こうとか、会おうとか、年齢性別いろいろな方から、
ありがたいお誘いを多く受けて、本当に嬉しかったです。本来は二つ返事で飛び出していきたい
ところでしたが、この病気のせいで、そのほとんどを断らざるを得ませんでした。
腎臓病は食事制限が全てと言えるほどの病で、水分、塩分、カリウム、リンの摂取制限があります。
ですので、安易に外食ができないのが現状でした。本当に申し訳ありません。
もちろん、暴飲暴食は論外ですが、体がよくなりましたら、ぜひ、皆さんとお会いできればと思います。
勝手を言って申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

※イラストはフリー素材より
by navona1971 | 2016-11-23 07:00 | 闘病生活のこと | Comments(0)
しばらくブログを留守にしていました。
わずかながら?更新を待っていた方、お待たせして申し訳ありません。
昨年末から体調を崩し、年明けから入院し、4月半ばでようやく退院にこぎつけました。
まさかこんなに入院期間が長くなる(89日間)とは、本人が一番驚いています。

2003年に腎臓を壊し、2013年に慢性腎不全となり、人工透析と言われるもののうち、
「腹膜透析」(腹部にカテーテルをつけ、腹膜内に透析液を機器より貯留することで、浸透圧の
原理で体内の水分と老廃物が透析液に吸われ、腎臓の代役を果たす)を私は導入していました。
ちなみに腎臓を傷めてしまうケースは最近糖尿病由来のものが多いようですが、私は高血圧由来
で、血圧が高い→腎臓の細かい血管を傷める→腎機能が落ちる→腎機能が落ちたため血流を上げ
て機能を取り戻そうと脳が勘違い→さらに血圧が上昇→また腎機能が落ちる---の悪循環です。

そして、腹膜透析はさらに、「CAPD」(一日のうち、朝から就寝まで、概ね4~5時間おきに点
滴棒に出し入れするもの・点滴棒に透析液を吊るし、腹部のカテーテルとつなぐ)と、
「APD」(就寝前に病院から貸与された機器を接続し、寝ている間、機械が自動的にカテーテル
を経てつなぎ、透析液を出し入れするもの)に分けられます。

私は「APD」を2013年夏から導入して、一応順調に推移していました。
「APD」の利点は、(1)寝ている間にできる(2)病院に行く頻度が少ない(月1~2回)
(3)血液透析時の針の痛みがない---などがあります。

一方で、欠点として、(1)血液透析より老廃物除去力が劣る(2)カテーテルと腹部の接続部を清潔
に保つなどの自己管理が必要(3)腹膜が劣化し、硬化症などの合併症の恐れがあるため、長期間の
導入はできない(平均5~7年程度)(4)原則毎日行うため旅行などが難しい(機器を宿泊先へ手配
するなどの必要(5)腹膜炎になりやすい----などがあります。

そんなこんなで昨年暮れ、「APD」をしながら日々過ごしていた私に異変が。
透析一回当たりの除水量(体内の余計な水分の排出量)が、これまで1.5リットル程度が平均でし
たが、突如、500ml程度まで落ち込みました。するとどうなるか。
腎臓が悪いため、健康な人より尿の量が少ない。なので、除水も減ると、「むくみ」が起きます。
カロリー過多ではないのに、日々、余った水分が体重増加に拍車をかけていきます。

「もしかしたら、腹部のカテーテルの位置がずれて、うまく排出してくれなくなったか?」---。
そんなこと思いながら、極力水分摂取を控え、改善を待つ日々でした。
それが二週間くらい続いた今年1月中旬、いきなり腹部に痛みが。
「排出できない水分が腹部を圧迫しているかな」。腹膜透析患者にとって、腹部の痛みは
無縁ではないため、引き続き様子を見ることにしました。

ところが痛みは強くなる一方で、とうとう、起き上がれなくなりました。
布団から出ようと腹筋に力を入れると、激痛で動けません。
病院に行きたいのですが、痛くて動けないのです。
時刻は深夜2時。救急車も考えましたが、下手にかかりつけの病院以外に行かれても・・・。
と思案していると、以前、親不知を抜いた時の痛み止めの薬を何かのために、ととっておいたこと
を思い出し、机をゴソゴソ。あった!服用すると若干痛みが引き、体を「く」の字にしながら
タクシー無線へ電話、家族とともに某大学病院へと駆け込みました。
絶対これは入院だなと思ったので、最低限の荷物はもう着替え、iPhone充電器持参ですわ。

そして深夜急患受け付けで1時間ほど待ったあと、無事に診て頂くことに。
夜勤のため腎臓医は不在でしたが、循環器担当の先生がCTとレントゲンの結果を踏まえ、
「あぁー、腹膜炎ですね。腸閉塞も少し起きてるかも。このまま入院ですね」とほほ。
カートに寝かされ、そのまま5Fの病棟へ。深夜4時から入院スタートとなりました。
入院は正直嫌だが、こればっかりはどうしようもない。

深夜にもかかわらず、快く診て頂いた先生、そしてこうしたアホな患者のために、CTや
レントゲンをとるための技師の方も夜勤をされているんだ、と、ひたすら感謝でした。
by navona1971 | 2016-04-22 12:00 | 闘病生活のこと | Comments(0)
腹膜炎は基本的に対処療法なので、
抗生物質を点滴で落としつつ、ひたすら体力の回復、炎症の収束を待つしかありません。
深夜4時の入院直後、ベッドの横には「歩行禁止」「絶食」の文字が・・・。

2日ほど絶食です。
特段食欲があるわけではないので、特に苦痛じゃないんだけども、苦手なのは点滴。
とにかく僕の腕は点滴が抜けやすい。すぐ落ちなくなっちゃうし。
腕の自由もなくなるしねえ(当たり前だけど)。

数日して食事の許可も出て、回復した印象もあったので、「こりゃ来週には退院かな?」なんて
勝手に思っていたが(後々それが甘いことを痛感)、自分の印象とは別に、日々採血すると数値
は改善はしているものの、まだまだ白血球の値も高く、楽観できない様子だった。

一方、ブログの前編に書いた、そもそもの問題だった腹膜透析の排液の不良も課題。
こちらについては入院後も全く改善しなかったから、腹膜炎が治ったとしても退院できない。
一番最初に着手したのは、カテーテルに注射器を接続し、生理食塩水を注入し、カテーテル
内に引っかかっているであろう異物などをピストンの勢いで排除すること。しかし改善せず。
「近いうちに、またなんとかしましょう」という話になる。

姉夫婦や親友、会社の上司などがお見舞いに駆けつけてくれ、ありがたいこと。
そこで上司に謝罪したところ「腎移植を含め、完全に治療が終わるまで休んだ方がいい」と
進言され、一晩悩んだ末に従うことにしました。ここで中途半端な状態で戻り、
また迷惑を掛けたりするよりは、しっかり治そう、と。
上司とはもう15年近い付き合いで、今まで出会った上司の中では最良の人物。その彼が言う
ことですから、素直に従うに越したことはありません。幸い、自分の勤務先は一応、安月給
ながらホワイトなので、休職することについても、すんなり認められることとなりました。

また、姉の旦那さん、つまり義兄には来訪のたびに文庫本の差し入れを頂き、こちらにも感謝。
しかも後日、NHKBSの「乃木坂46SHOW」を録画してくれていたという神様のような方ですw。
そして、親友もすぐに様子を見に来てくれ、そういえば高校一年頃から彼とはもう30年近い
付き合いなんだなぁと変わらぬ交友に心の底からありがたいと思ったのでした。
彼が持参したのは日経エンタの乃木坂特集とか。うわーんありがとう。
あと、あまり書きたくはなかったが、一応FBにも入院報告。多くの激励を頂戴しました。

前述したように、腹膜炎はとりあえずひたすら寝て、回復を待つしかありません。
なので、猛烈にヒマで、夜も眠れず、昼はその影響でウトウトし、昼夜逆転してしまう。
テレビは地上波しか映らないし、頼みはネット。病室では原則ネット禁止だが、静かにしていれ
ば、ということで、ナースさんには黙認されていた。しかし、僕はドコモのiPhone(月5GB)
なんだが、ヒマ潰しに動画ばかり見ていたら、なんと2日で1.5GBくらい達してしまい、追加
料金(1GB1000円)なんて払っていたらこのペースじゃいくらになるんだ?と。
だからといって、我慢するのは嫌w。思案した結果、ポケットWi-Fiのレンタルサービスが
あるらしく、ネット検索したうえで申込。翌日には手元に。一か月8000円くらいだったか。
やや割高だが、通信量には上限がないそうだし、退院後返却すればいいから、納得の価格です。

そんなこんなで、治らないなりにも前半はやや平穏な日々でした。
実は昨年もこの病院に入院していて(蜂窩織炎という炎症です)、そして、日々、かかりつけ
の病院ですから、顔見知りのナースさんやお医者様もいるのですが、病棟の廊下ですれ違いざま
「え、なんでだまさんパジャマ?」「実は入院していて・・・」とか、「入院したと聞いて」と
わざわざ病室に顔を出す方もいて、まったく情けない限りです。常連になってどうすんねん。

いつも4人部屋や2人部屋を案内されることが多いのですが、今回の入院ではベッドに余裕があり、
相部屋(8人)となりました。相部屋は別に構わないが、今の時代8人はちと多すぎないか。
ま、当然だけど、部屋は年寄りばっかりです。あと、認知症の多さには驚かされます。
カーテン越しに理解できない会話や、その症状特有の行動などが見てとれると、切ないです。
「老い」というものについて、受け入れられないというか、怖いくらいです。
自分の両親も下手したら認知症になってもおかしくない年齢ですが、幸いにもバカ息子が
迷惑をかけ続けているせいか、今のところ年齢よりはるかに若い状態ですわ。
by navona1971 | 2016-04-22 11:59 | 闘病生活のこと | Comments(0)
中編には「平穏」と書いたが、暗雲が垂れ込めてくる。
腹膜炎が再度悪化、どうも抗生物質が合わなかったらしい。変更して様子見。
さらに、カテーテルの処置の際、CTだったかで使った造影剤の影響か、腹痛が激しい。
下痢もひどいし、こういうのは下手な病気より辛かったりする。食欲も落ちる。
それが落ち着いても、腹部の痛みがまた新たに始まった感じ。

とある日は腹部をつねられたような痛みで一睡もできない。
夜勤のナースが手を握り励ます。痛みの中ふと思ったのだが、以前はどうだったか記憶にないが、
今回の入院ではやたらとナースに触れられることが多かった気がする。腕とかね。
そう指導されているのかどうかは知らないが、きっと患者の精神的落ち着きとか、癒しを目指し
ているんだろうと思った。あぁ、人の手はこんな温かかったかと思ったし(中には冷え性の
ナースもいるけど)。ここの病院は本当に優秀なナースが多いんだよなあ。美人も多いし。
ここで死ねれば本望ですわ。ちなみに東北出身の方が多く、同郷に嬉しさを感じるとともに、
地方の若い労働力を東京が吸い取って、東京の老人が世話になる構造に申し訳なさもあったり。

数日を経て、ようやく腹部の痛みも治まる。そして、腹膜炎も改めて改善にゆっくり進む。
そんな中、カテーテル位置の修正を目指し、今度は器具を通し、グリグリ動かすことで、改善
図る策がとられたが、残念ながらこれも思うような効果がなかった。「うーん、開腹手術しか
ないなぁ」と先生。えーっ!と思ったが、他に策がないよな。仕方ない。

手術室などの空き予定などを踏まえ、一週間後に手術へ。
あぁ、世の中のいろんな手術から見れば、お腹を空けてカテーテルをちょいちょいするくらい
なんて、手術のうちに入らないかも知れないが、一応、あのほら、天井にランプがいっぱい
あるあの本格的な手術室でオペは行われます。ま、麻酔がかけられるから本人は以外に気楽だ。
しかし、今回つらかったのは手術後。酸素をつけられ(これが邪魔で超苦手)、点滴、さらに
寝たきりで動けず、酸素がコボコボしてる状態じゃとても眠れず、スマホも触れない。
時間が経つのが猛烈に遅く、夜勤で様子を見に来たナースに「今何時?と、たぶん午前3時
くらいだろうというつもりで尋ねたら、”12時半です”」と。朝6時まで5時間半かよ!!!」と。
もう泣きたいくらいだった。人生で一番つらい一夜だった。

腹部にカテーテルを導入した際も開腹手術をした。その時はそんなに辛くなかったのに、
ほぼ同じことをやる今回、なんでこんなに辛いんだろうと思ったら、前回は「手術のための
入院」で、入院後手術はすぐ行われた。今回は入院後しばらく経ってからの手術で、体力と
気力がかなり落ちた状態だったことが原因じゃないかと個人的には推測している。

最悪の一夜が明けたあと、腹膜透析にトライするが、改善は見られたものの、悪化前の状態には
届かない感じ。主治医のY医師は僕が避けていたあの案をついに提示する。「だまさん、血液
透析を併用しませんか」----。来たかついに。
by navona1971 | 2016-04-22 11:58 | 闘病生活のこと | Comments(0)
血液透析----。
これだけは避けたいと思っていた。
自分の中ではマイナスのイメージしかない。
針の痛み、時間の拘束、副作用、まさに廃人---。そういったことで頭がいっぱいになっていた。
ただ、腹膜透析がうまくいかない以上、選択肢はない。もう、隅っこまで追いやられた状態。
受け入れるしかない。今思えば、うわべだけで拒否の気持ちを持っていたことは誤解が多く、
反省すべき点だった。結局自分はこの病院、そして担当医を信頼しきっているので、
「お願いします」と。どうせ死ぬならこの病院だしw。

世間の人がイメージする「透析」はやはりこの血液透析です。ベッドに寝かされ、太い針を刺され、
大きな機器(透析器=ダイアライザー)で血液をろ過する仕組み。その通りです。
前述したように、毎回、腕に針を刺さねばならないこと、数時間のベッド上での拘束が必要、
足の”つり”などの副作用がある、と言われています。もちろん、体質や病状にもよりますが。

血液透析はまず、いきなり腕に針を刺すのではなく、
「外シャント」と言い、首筋の血管の太い部分に管をつけ、ここから透析をできる
ようにします。そこで透析をして体を慣らしつつ、「内シャント」という、
腕の静脈と動脈を一部結合させ、太い血管を作り、太い針の出し入れに耐えられるようにし、
そちらが生成されれば、首のシャントを抜き、腕で常時行います。(ま、これはあくまで僕の場合、
初めて透析をやる方は、いきなり外シャントの手術からスタートもありうる)。
首のシャントは淡々と処置室でじっとしていたら小一時間で作成は終了。
ちなみに、そもそも腎臓を悪くしたきっかけだった2003年の入院時、
もしかしたら、と医師の勧めで当時外シャントを一回作ったんだよね。
結局それは使うことなく退院したんだけど。だからここにシャントを作るのは二度目。

そして初めての血液透析。普段腎臓内科にかかっていて、その先生は透析室の隣にいるので、
透析室にはなじみがある。そのベッドに横たわり、首もとを技師とナースに預け、血液透析を行う。
3時間で2.5kgの除水。やはり腹膜透析よりは高効率。
外シャントには管をつけるだけなので、針を刺すことはない。なので痛みはゼロ。
寝ている間はスマホに触れてもいいし、テレビが横にあるので、それを見ても構わない。
ま、拘束はされるが、3時間なら我慢できる範囲。自分のベッドの横ではダイアライザーが動き、
たくさんのホースは行きかう血の色で赤く染まっている。
今までざんざん腹膜透析はしてきたけど、この血液透析は「あぁ、透析してるな」って感じ。
ついにここまで来たか、と。まぁ、仕方ないけど、半ばあきらめというか。そして、
終わったあとに疲労困憊になる噂も聞いたが、透析患者の中では比較的年齢が若いせいか、
今までがひどかった体調だからか、以外に爽快で、自分にとってはラクだった。副作用もない。
透析後、病室に戻る際は、病院の内規でナースの付き添いのもと、車いす。だったが、
特例で単身徒歩で戻ってよい、と。ただ、血液透析後の夜、眠りは深くなるみたい。
やはり一度に落とすウエイトが大きいので、体に多少負担もかかるし。

そんなこんなで、腹膜透析ではうまく落ちなかった体重も血液透析のお蔭で落ち始める。
そして、手術室の都合もあい、いよいよ腕の内シャント手術へ。
局部麻酔で2時間ほど。痛みはほんのわずかなものが少々。
麻酔の効果抜群。こちらの顔にはシートがかぶせらているので、
腕をいじられている感触はあるが、それだけ。

手術は無事成功。ちなみにこの病院では「腎臓内科」にかかっているのだが、
当初手術は外科医が行うものと思っていた(腎臓内科医が指示をしながら)。
ところが、ここの腎臓内科は内科医と名付けられているが手術も行う。それはすごい。
先生曰く「専門性が求められるので、腎臓内科医が手術した方が
いいというスタンスなんですよ」と涼しい顔。主治医のYS助教は身長150cm弱、
三十路過ぎの小柄で細身の女性だが、そこからは想像できない堂々としたオペに脱帽。
細やかで上品、かつ低姿勢な言葉遣いといい、育ちの良さを感じられずにはいられない。
未来の旦那に嫉妬するおw。
内シャント手術後、すぐに腕からの透析を行うわけではなく、手術により、
血流を変えたことで血管が太くなるを待つ。概ね10日から二週間程度で生成されるらしい。
それまでは腕を触診したり、聴診器で血流の音を聴いて生成具合を確かめる。

その後「じゃ、だまさん、明日の血液透析から、腕の内シャントでやりましょう」
と先生。あぁ、来たか。不安、超不安----。
で、当日、見るのが怖くて、透析終了後に見たのだが、刺す針の太さにびっくり。出すのと入れるの
で合計2本刺す。技士曰く「1分間に牛乳瓶1本分の血を出し入れするので、
ある程度の太さになりますね」と。腕を丹念に消毒したあと、いよいよ針を刺す。
痛い、確かに痛かった。ただ、自分が想像しているよりは痛くない痛み?だった。
痛いは比較的一瞬で、いわゆる皮下注射のような注射だと、刺した時も痛いし、
ピストンを押した時も痛いでしょ。あれの方が自分は苦手だ。
これはなんとか耐えられそう。そして、腕からも無事、血液透析が行えるようになり、
首の内シャントは管が外され、役目は終えた。わずかな傷が跡として残っているだけ。

このような血液透析をしているうちに、ある変化が起きていた。
除水が不良だった腹膜透析が、順調な排液を取り戻しつつあった。
想像するに、血液透析で除水が進み、お腹が小さくなることで、
腹膜内にあるカテーテルが安定したか、というか、排液に適した環境になったようだ。
これは怪我の功名?だった。これで、週2回を想定していた血液透析も週1回3時間で済み、
残りの6日間は腹膜透析、というパターンが決まった。
このローテーションで「様子を見て問題なければ退院」と、
ようやく担当医から”退院”の言葉が口にされた。
ここからさらに一週間、無事に血液透析、腹膜透析ともに進み、腕の内シャントも問題なく働き、
体重の落ちも確実なものに。入院中の最悪な時期よりも15kg減ったから、
いかにむくみがひどかったかわかる。それがほとんど水分だったから。

こうした流れで4/14(木)、朝10時半、89日間をもって、某医大付属病院を退院することに。
担当ナース、透析技士、主治医、ほか関係者の皆様には、改めて深く御礼申し上げます。
あ、休職を快く認めてくれた会社、上司にも感謝です。安心して休めました。

なお、現在は毎週火曜日午前、3時間血液透析を行い、残りの週6は、自宅にて、腹膜透析を
行っています。そして、かかりつけの医大から紹介された某医大にて、中断していた
腎臓移植の準備に間もなく入ります。実際に移植が可能かどうか、最終的な結論は
まだわかりませんが、家族内で移植の申し出をありがたくも頂戴したところです。
引き続き、しばらく仕事はお休みを頂くこととなっております。関係者の方、申し訳ありません。
皆さんもお体大切に。
by navona1971 | 2016-04-22 11:56 | 闘病生活のこと | Comments(0)
by navona1971 | 2016-01-31 19:46 | 闘病生活のこと | Comments(0)
残暑お見舞い申し上げます。

昼間はさすがに暑いけれど、ここ横浜は夕方以降、やや涼しげ。暦の上では秋だしね。
更新する話題がなくて申し訳ないです。
もう会社と自宅と病院のトライアングルでぐるぐる生活していて、どこにも立ち寄らないから。

腹膜透析生活も2年が経過した。副作用に多少悩みつつも、なんとか生きてきた。
血液透析ではなく、自宅で一人で機器を使うことでできる腹膜透析は、確かに利便性は高い。
しかし、透析生活による体への差し障りは、徐々に明らかになってきた。

★主な副作用
・眠気(これは薬によるものと思われる、以前より改善)
・体のだるさ(こればっかりはしゃーないな)
・足裏のしびれ(血流の悪化だと問題だが、診察により別の原因と判明)
・肌の荒れ(カッサカサです)
・声のかすれ(夕方になると声が出にくくなる)
・むくみ(どうしてもねえ、まあ軽度だけど)
・筋力低下(足のしびれ→歩きたくない→歩かない→筋肉減る)
・顔色の変化(やはり少し土色っぽくなった)
・髪(細くなった気がする→これも薬の影響らしい)

こんなところだろうか。
一方で、移植話もゆっくりとながら進み、いよいよという段階の入り口も見えてきた。
僕に課せられたのは体重コントロールなのだが、これが本当に難しい。
もちろん、食べなかったら痩せるだろと言われればそれまでなのだが、痩せにくい。
で、ちょっと食べると猛烈な勢いで体重が増える。
厳密に言えば、水分と結びついて体を重くしてしまう、という表現の方がいいか。

このブログでも書いたように、
横須賀のお祭りに行ってちょっと焼きそばとか食べただけで2kgとか増える。
もちろん、それは実際に食べ物で増えたわけじゃなく、
食べ物の塩分が水分の排出を止めるというか。だから、あまり水分を取りたくない
(水分が体から出て行きにくいので、特段喉が渇くとか、水を欲するわけではない)
のだから、一時期水分を控えたのだけれど、担当医がそれはやめてくれ、と。
多少のむくみは気にせず、水分を適切に摂取して欲しい、と。
うーん、仕方ないから飲む→体重がくっきり増える、って感じ。
いや、それじゃいかんのだけどね。代謝も落ちてるから尚更減りにくい・・・。

でも、多少なりとも痩せたし、血圧もだいぶ下がった。平常値で140台。俺にしては上出来。
たぶん、腎臓を壊さなかったら、他の病気で寿命を短くしていたことは間違いない。
この出来事をなんとかプラスにして(しにくいけど・・・)気持ちは折れないようにしないと。

体重管理の面では部屋の中にいたいんだよね。部屋にいるととりあえず増えることはないからw。
で、部屋ん中でひたすら乃木坂46の動画を見るというw。うーん、みんなかわええw。
推しは一人に決めたいのだが、決められないんだなこれが。友人曰く「DD(だれでも好き)だな」とw。
ちなみに推し順は(1)生駒里奈(2)生田絵梨花(3)斉藤ちはる(4)秋元真夏(5)中田花奈---の順。
どうでもいいかwww。

iPhoneの予定表を見たら、6月半ば以降、
土日に出かけたのがたった3度(野球、サッカー各1、買い物1)。
ま、平日の疲労回復に充てているってのもあるんだけど。

載せる写真もなくてね・・・池袋の某喫茶店のかき氷っす。
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by navona1971 | 2015-08-14 12:39 | 闘病生活のこと | Comments(4)
病の解消の前に、親知らずの抜歯が必要、と医師から指摘されました。
僕が解説するまでもないですが、歯ブラシが届きにくく、虫歯になりやすく、
また、雑菌も入りやすく、危険ということもあります。

普段お世話になっている歯医者さんから、某大学病院の口腔外科を紹介されて・・・。
一般的には、日帰り手術なのですが、僕の場合病気のこともあるので、念の為手術当日、
1泊のみ入院する形での抜歯となりました。抜くのは左上下と左のやや前よりに
1本だけ重なって生えている歯があり、合計3本。

歯医者は子供の頃から苦手で・・・って好きな人なんていないよなw。
痛みの引くタイミングなどを考えると週末しか選択肢はない。19日(金)、お休みを
頂き、朝、病院へ。12階の入院病棟を案内される。眺望がいいのに驚き。
ランドマークタワーや、ベイブリッジなどが一望できますわ。
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歯医者が苦手という俺に先生は抜歯前に鎮静剤まで用意してくれた。
「静脈内鎮静法」という手法らしい。点滴で鎮静剤をベッドで打たれ、少し眠気がある
ような気持ちのもと、抜歯をする。思ったほど眠くはならんかったな。
でも、倒れこみ防止のため、病室からは車いすで口腔外科へ。
しかし、点滴の針は相変わらず入りにくく、ナース泣かせ、研修医泣かせなのは変わらず。
スリスリさすっても、パンパン叩いても血管が見つけにくいらしい。
しかもその血管が薄いらしい、俺の場合。まあその美人ナースさんが手をスリスリしてくれるのは
気持ちええんやけどwwww。
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Y先生「さー、やりますかー」と。
麻酔が効いているので痛みはないが、ペンチでぐぃ、と抜かれる感じがこええええ。
左前、左上は比較的あっさり抜けたが、斜めに寝ていてしかも埋まっている左下には先生も手こずる。
そのうち、神経にも当たり少し痛みがあったため中断して麻酔追加、その後ようやく抜歯へ。
僕は口が小さいので、自分でも自分の歯の様子がよくわかりにくいのに、よくもできたなあ。さすがプロ。
しかもY先生はまだ30代なのに上手なものです。

しばらくは持病の治療に向け、本気で生活態度を改めるつもりで日々過ごしていますので、
お付き合いが悪くなって申し訳ありません。かっこよくなって戻ってきますので(わははw)。
あ、そうそう、退院当日の午前10時に「だまさーん、おやつですー」と。杏仁豆腐が。
デザートというかおやつ付きの病院食って初めてだわ。ひんやりしておいしかったわ。
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by navona1971 | 2014-12-22 12:51 | 闘病生活のこと | Comments(0)
ってことで、お伝えしていた通り、某大学病院にて、心臓カテーテル検査を受けてきました。
最近は医学の進歩により、日帰りで行うケースも多いようですが、こちらの病院は2泊3日で。
前日泊、そして翌日手術、翌々日退院、という流れ。
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リュックに着替えやらサンダルやらタオルやらいろいろ詰め込んで、一路病院へ。
途中、書店に立ち寄り、3冊ばかり本を買い込む・・・。時間つぶしとの戦いだからね。
そして、到着後は受付を経て循環器内科の患者さんがお世話になる4階の病棟へ。
今日は心電図と、レントゲンを撮影。っていうか、もう今年に入って10回くらいやってるかもw。
そして、翌日に向けて先生の説明。同意書にサインを必要とするためだけども、実に説明が丁寧。
誠実だなあと関心させられる。この時点では太ももか、
腕か、どちらからカテーテルを挿入するかは決まらず。ただ、夕方になり、僕の場合足も太いし、
血管も太いので、腕がいいでしょう、という結論に落ち着く。
どうやら検査後しばらく安静にするのも、腕だと楽らしい。
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つい尋ねてしまった。「あの・・・痛くないですか?」
先生「針を腕に挿す時に軽い痛みと、熱をもつ感じはありますが、
それくらいです。血管に神経はないんです」と。なるほど・・・。

ちなみに入院中の楽しみって食事しかありません。昔と違っておいしくなったもんです、病院食は。
今夜の献立は、きのこの炊き込みご飯に豆腐、牛肉炒めで、涙が出るほど美味かったww。

そして翌日、お昼を欠食したあと、ついにお呼びがかかり、手術服に着替え、車いすに載せられる。
ドキドキ・・・。検査室は手術台のようなものがあり、そこに載り、指示に従い安静にする。
鎮静剤は打たれたが、麻酔は腕への局部のみなので、意識は比較的はっきりしている。
腕に布がかけられ、軽い痛みともともに針が刺さる。これから先はカテーテルがどんどん心臓へ向けて
進んでいったと思うが、そんな感触などなく、じっとしているうちに、もちろん痛みもなく、
30分かかるかかからないかで終了。
先生「だまさーん、終わりましたよー」。は?拍子抜けしちゃうほどあっさり。現代医学はすごい。
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結果はその場でわかると聞いていたので恐る恐る尋ねると、「問題ないですね」。よかった・・・。
「循環器内科としての診療はこれで終わりです」とも。ホッとする。
再び車いすに載せられ、病室に戻る。早く夕食が食べたい・・・って出てきたのがこの献立。
ピザデブには拷問とも思える内容。しかも、俺は大人になってから牛乳が飲めなくなったので、
これを除くと・・・。うわーん・・・。
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で、入院最後の夜、ウツラウツラしていると、なんか足が冷たい。なんだろ・・・。
起きてみるとシーツが血の海で一瞬めちゃくちゃ焦る。痛みはないけど・・・。
どうやら足の甲から挿していた点滴の針が抜けたらしい。
この入院最初で最後のナースコールボタンを押す。
あまり押したくないんだよ、申し訳なくて・・・。寝相悪いからな。
でも、ナースさんは嫌な顔ひとつせずあっという間にシーツを交換。助かりました。
てか、抜けやすいんだよ俺点滴が。

翌朝、ベッドの周囲を片付け、忘れ物をないように・・・。
そして、ナースさんに手首のIDストラップをハサミで切ってもらって無事退院。
この瞬間っていつも嬉しい。某大附属病院の皆さんにはお世話になりました。
by navona1971 | 2014-10-06 12:32 | 闘病生活のこと | Comments(4)
この冬予定しているとある手術を受けるための事前検査入院をしてきました。
いやー、検査項目は軽く10個を越えて、もうベッドに寝てるか検査かって感じ。
2泊3日でぎっしり受診してきました。あまりの検査の多さにぐったりですが、
お医者様もナースさんも検査技師さんもみんな優しくて親切。
それに応えなければならない。こちらも真摯に取り組まなくては・・・。
意外につらかったのが、検査ごとの移動。
サンダル履きなんだけど、なにせ巨大な病院(ベッド数1200床)なので、
自分の病室(別棟)から、検査室にそれぞれ検査のたびに歩くのが結構、長距離。
往復20分近くかかるんじゃないかと。
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病室から歩き、階段で1つした、歩いて連絡通路、エレベーター、また歩き、
って感じですわ。最後は足に水ぶくれができてしまって。靴下用意すればよかった。
一方で嬉しかったのはお風呂が毎日入れること(要予約)。
いくら検査づくめといってもそれ以外の時間はヒマなわけだし、
いつも清潔にいたいから・・・。お陰様でサッパリした日々でした。
当初は個室を希望したのですが、残念ながら空いてなくて6人部屋だったけど、静かでした。
食事もおいしかったですしね。なにもかもがうまくいき、
早く年末の手術に取り掛かりたいところです。皆さんも体を大切にね・・・。
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ちなみに一番辛い検査と予想していた胃カメラは、おえっ・・・となるのかと危惧していたけれど、
喉に麻酔薬と、鎮静剤を処方されたこともあって超スムーズ。
いつのかにかカメラが入っていつのまにか終わってた感じ。
一方で動脈硬化を見る頸動脈の超音波検査が、かえってじっとしていて
長時間グリグリ首に機械を当てられてしんどかったなー。
by navona1971 | 2014-07-31 22:48 | 闘病生活のこと | Comments(0)