穏やかな週末を襲った突然の悲報

土曜の朝、食事を済ませたあと、
iPhoneを見ると6:55を最初に数回、OYさんから不在着信が。
なんだろう、こんな朝早くから?
ははーん、原稿執筆中にPCのトラブルかな?
ヘルプデスクみたいだからなー。
でも、それにしては時間が早すぎるね。

折り返しかけてみることに。
電話に出たのはOYさんではなく女性の声だった。
あれ?電話間違っちゃったかな??でも・・・。
「あのー、OYさんのお電話ですよね?」
電話の主はOYさんのお母様だった。


ちょ、えっ・・・・。それ、一体どういうことですか・・・・。
亡くなったって。


不慮の事故というのは本当に突然舞い込むもので。出来事は木曜の深夜。
正確には日付が変わり金曜か。通夜と告別式の日程と場所を確認する。
ああいう事故は毎日のように聞くけれど、まさか自分の身近に起こるとは・・・。
僕もお母様と電話で話している途中から涙が止まらず・・・。
「携帯を見るとだまさんとのやりとりが多いので、連絡をしてみたんです」と。
そうだよな。メールも電話も僕との履歴が一番多いだろうしな・・・。

4歳年上のOYさんは、霞ヶ関の某省記者クラブで同部屋でした。
もう15年前になりますね。当時新入社員で配属されて、右も左も、
社会人としての基本的なルールも怪しいのに、そのうえ、他社の人間である自分に対して、
本当に丁寧に、優しく接してくれたことを今も昨日のことのように思い出します。
その後、お互い記者クラブを去ったあとも、通勤経路が同じこともあって、
よく呑んだり、遊んだり、散歩したり、お茶したり、と・・・それが数え切れないほどで。
おいしいお店、お酒の安い店、湯加減のいい銭湯・・・みんな教えてもらいました。
そうだ、一番教えてもらったのは水泳でしたね!
OYさんのお陰でかなり泳げるようになったし。

朝、会社へ行く際の電車も同じことが多く、OYさんは長距離通勤ということもあり、
座って寝ているのでそのまま起こさないんでけど、たまに起きている時は、
一緒に雑談しながら東京へ向かう電車での楽しいひと時を過ごしました。
なんというか、学校に同級生と通学しているような感じで。
もう来週からあの電車にOYさんが乗ってこないことが信じられません。

最後に電話で話したのはこの間の土曜日。仕事の件で30分ほど雑談。
「ぜひまた会いましょうよ、だまさん」こういう言葉を掛けてくれるのがいつも嬉しくて。
その前に一度昼間お茶できないか、って誘いがあって、仕事の都合がつかず・・・。
こんなことになるんだったら会っておくんだった。
金曜朝、いつもの電車のいつもの席を外から見て、いないのか・・・と思ってたんです。
その時にOYさんは病院だったんですね、すでに。
通夜では斜めからOYさんの顔を撮ったよい写真が遺影となっていました。
それまでは我慢していましたが、それを見た瞬間、こみ上げる思いが一気に・・・。
嗚咽が止まらず、ハンカチで口元を押さえてこらえるのが精一杯でした。

そして、今日、18日(日)は告別式でした。
OYさんが眠る部屋に入った時に見た遺影は、昨日の通夜とは別の写真になり、
それはさらによい写真で、「やぁ、だまさん、どうも。一杯やってく?」って、
語りかけてくる優しい時の表情そのもの。
それを思い出すと、涙が止まらず、ただ、悪い夢であって欲しいと願いました。
この間まで普通に会えて、普通に話せた人が突然消えるなんて。
とにかく、泣きました。こんなに泣いたのは生まれて初めてでしょう・・・。

最後のお別れは、親族の方のみでしたが、お母様に声をかけて頂き、私も加わりました。
みんなの前で、OYさんはよく眠っていました。
そう、朝の通勤電車でよく寝ていた時の安らかな表情そのもの。
でも、もう起きてくれないんですね・・・。
「だまさーん」って、もう聞けないんですね・・・。
キレイな花を沢山添えてきました。

OYさんの頬に手を添える妹さん、お母さんを見ていると不憫でなりません。
気丈に振舞っていた弟さんも、ただ、ただ涙です。
OYさんが「かわいいんだよ、とっても」とよく話していた、甥っ子や姪っ子も大粒の涙です。
私も立っていられず、棺から離れ、崩れ落ちるように椅子へ座り込みました。
参りました。辛いです。しんどかったです。耐えられないです。
先輩というか、親友そのものでしたから。
OYさん、全く、みんなを泣かせちゃだめだよ・・・。

いや、嫌な予感はしてたんです。
今回のことがどうの、ということではなく・・・。
自分は最近、野球も沢山観戦し、結構楽しんで、仕事もまぁ、まずまずの進捗ぶりだし、
家族や周囲の人も元気だ。ん?なんか、どうも、うまく回り過ぎているぞ、と。
穏やかな日々がそんなに続くわけがない。
何か起こらなきゃいいんだけど、と。足元すくわれるぞ、と。
昨年暮あたりから、そうした心の奥底にある闇に対する不安みたいなモノを感じてました。
だから、朝、電話を掛けて、お母様が出た瞬間に、最悪の事態は頭を駆け巡ってた・・・。
OYさんのお酒の飲み方も最近荒っぽかったので、もしかして、と。
「気をつけて、程々にしてくださいよ」と何度も会うたびに伝えたのに・・・。
OYさんはたまにお酒での失敗を笑いながら話していたけど、聞くたび、正直少し不安だった。
あの日の夜、どうせ呑むなら僕を誘って欲しかった。
僕なら帰りは電車が一緒だから、こんなことにはならなかったはず。
原稿が仕上がる日だったと聞いていたから、気を利かせて私から誘えばよかった。
安全に、楽しく呑めたはずなのに・・・。
僕が最近健康に気をつけているから、遠慮したのかもしれない・・・。

OYさん、天国でどうかゆっくりしてください。
通勤時間も長かったし、体もきっと、疲れてましたよね・・・。
でも、42歳ってちょっと早すぎでしょ・・・。
いつ行けるかわかりませんが、私もいずれそちらに出向いた際は、
こちらにいた時同様に、仲良くしてくれると嬉しいです。

15年間本当に、ほんとーに、とっても楽しかったです。助けられてばかりでした。
よい思い出しかありません。
横浜を数え切れないくらい一緒に散歩しましたね。
雑談しながらで。面白かったなー。どこまででも歩けそうで。
持っているケータイは同機種に同カラー、仕事で使うICレコーダーも
同メーカーの同機種なんて偶然もありましたね。
見せ合った時は思わず二人で笑いましたねー。
スマートだったから女の子にモテましたよね。ダンディで理想の大人でした。

今でも信じられないです。
伊勢佐木町や元町を歩いていたら、スッと街角から、
OYさんが「いやいやどうも。また偶然にも近くを歩いてたね!お茶する?」って、
笑って駆け寄ってくるんじゃないかと・・・。

ありがとうございました。
さようなら。
Commented by とくながたかのり at 2009-01-18 21:50 x
それはそれは、さぞ御辛かったでしょうね。
私も言葉がありません。
人の別れは突然です。
そしてその運命は誰にも変えられるものではありません。
私もこれから気をしっかり持って、
一日一日を大切に生きていこうと思います、
Commented by navona1971 at 2009-01-19 12:33
とくながさん
おっしゃる通りですね・・・。
一日、一日を生きることがいかに大切なことか・・・。
本当に思い知らされるというか、身に沁みました。

寒い日々が続くので、とくながさんもどうかご自愛くださいませ。
by navona1971 | 2009-01-18 20:48 | とりとめもない話 | Comments(2)