誕生日を迎えました。

6月7日に誕生日を迎えました。本当にいい歳をしたおっさんだね。
歳は取りたくないものです。しかし、生きてこの日を迎えるとは。
オレは親友が8年前に、ちょっと付き合った彼女が(別れたあとだけど)12年前に、
いずれも不慮の事故で急逝しているので、案外、突然の死は身近で、
年寄りでなくても、こういうことは起こりうるんだ、と思っていた。
音楽の世界に足を踏み入れてから知り合った少し年上の方々の中でも何人か亡くなっているし。
やっぱり、40から50過ぎくらいって、生き残るための?最初の壁って感じ。

だから、透析後、移植までは、とにかく死なないように生きてきた。
実際、腎不全患者の脳梗塞や心不全の発生率は決して低くはないから。
ましてやあの体型、むくみでいろんな部分に負担がかかっていたからね。
エコーで肺に水が見られたことが何度かあったし。
途中の入院では、かなりの痛みに襲われることも。

当人はいいんだよ、死ねば終わり。あの世なんてないし。
でも、残された人の無念はねえ。
その二人が亡くなったあと親御さんとお会いしているが、目がうつろで、
とても直視できる状態ではなかった。あの光景は今でも目に焼き付いている。
親より先に死ぬのはとてつもない親不孝なんだ、ってのも痛感した。
なので、それだけは避けたい、と。その一心でした。
一時は「展開次第じゃダメかもなあ。でもそれを跳ね返す気力がない」と、
心が負けかかったこともあったけど。

ところで、30代はそれなりに長かったと思うのだが、
40代はここまであっという間で、特に2012年後半あたりから腎臓の悪化が著しく、
それ以降はこちらでも何度となく触れているが、あまりいい思い出はない。
仕事をなんとかして、それ以外の時間は体を休める、それだけ。
体じゅうに鉛が張り付いているかのごとく、重く感じていたな。足のしびれもひどくて。
40歳超えてから今日までの5年間で総入院日数は166日にも及んだ。

自分が子供の頃は無限の未来、可能性があって、
明るい先行きを描いていた。まあ勝手な万能感だけどさ、ありがちな。
けれど、現実は病魔に襲われ、そのうえ腎臓まで頂いて。
本当に親にはただただ申し訳なく思う。
だから、もらった腎臓を一日でも長く持たせることが、今の自分にできる恩返し。
自分が元気であれば、親に何かあっても、支えることはできるから。

でも、よき友人や親、姉、義兄、会社に恵まれ、人間関係での憂いも全くないわけだから、
自分の体にさえ気をつけていれば、かなり幸せなんです、今の自分は。
なんつーか、足るを知る、という感じ。特に欲しいものもないし。
それに、皆さんと話し込むと、外からは見えにくいけど、
それぞれいろんな事情や悩みをお持ちで、
それらと折り合って生きているんだよね。みんな立派だなって思う。
オレなんか自分のことだけで精一杯だもの。

ところで、実名の世界ではいちいちアピールはしたくないのだが、
Facebookでは誕生日を迎えると、友達にそれが表示される。
わざわざコメントをくださる方も多い。移植手術することは昨年書いたが、
手術を終えて復帰したことは一切書いてなかったので
(容態急変とかも怖くて、職場復帰後初の外来を無事終えたら書こう、と)、
でも、ご心配も多く頂いていたので、移植手術の経過報告をさせて頂いた。
お陰様で多くの心温まるコメントを頂きました。感謝です。
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復職祝いと誕生日プレゼントとして自分に時計を買った。
オリエントのSPORTY「WV0021TX」。色合いが気に入りました。
ソーラーなのも嬉しい。

そうそう、まあ、更新頻度を以前よりアップさせたのもあるんだろうけど、
最近アクセス数が増えてきました。スマホからが多いなあ。
新たな読者の方がいるのでしょうか。ありがたいことです。駄文ですけどね。

by navona1971 | 2017-06-10 17:34 | とりとめもない話 | Comments(0)