退院後三ヶ月目の外来でついに、ようやく

いやいやどうも。
今日は、先月下旬に1泊2日で検査入院した際に行った「腎生検(じんせいけん・注1)」の
検査結果が判明する日です。その結果と、今日の採血などで問題なければ、
いよいよ次の月曜から久しぶりに職場へ復帰することになります。
早い時間に某医大病院へ着き、所定の検査を終え、外来時間までの間、
遅めの朝食をテラスで食べていると、腎臓内科のC教授が通りかかる。
お礼を言いながら腎生検の結果を聞きに来た旨を伝えると、

C教授「だまさん、結果見ましたよ、腎生検は大丈夫でしたから」。
だま「えっ、先生ご存知なんですか」。

あらま、C教授はすでに把握していたのか。
そういやこの病院は先生間の連携が本当にいいんだよな。
腎生検の結果を聞くのと、今日の結果を聞く、2つの恐怖?があったけど、
まず先に意外な形で教えてもらったので、半分は解決した。だいぶ気持ちが軽くなった。

今日はドナーだった母の久しぶりの外来も。
二人で待っている間も、薬剤師のSさんや移植コーディネーターS女史、
ナースのKさんなどがこまめに声をかけてくださり、様子を伺ってくださる。
常に親身になってくれる姿勢はいつまでも不変で、どれだけ心強いことか。
そして診察。母の体調も全く問題なく、今後、外来の間隔は伸びていくことになる。
オレはともかく、健康な人から腎臓を摘出したわけだから、まず母が大丈夫で、一安心。

そして私。今日は移植を執刀したサカナ先生が担当。
さきほどC教授が伝えてくれたように、腎臓には拒絶反応が見られず、
良好な状態でオレの体に生着しているという。また、今日の検査結果も特に問題なく、
数値も改善が見られ、来週からの職場復帰についてもOKが出た。
とうとう、ついにか。これまで長かったはずだけど、振り返ればあっという間だった。

初めて透析を開始した時「移植へ進んで頂くのが一番理想的です」と
当時の主治医から推奨されても、実感もイメージも沸かなくて。遠い世界の話に感じた。
体重も落ちて、移植も成功し、ある程度スリム?になるとは、
全く想像もできなかった。サカナ先生を前に、頭の中で今までのことが、
ぐるぐると思い出された。その横で母はうっすら涙を浮かべていた。
まあ、オレも感極まった。こんな日が来るなんてな。無理だと思ってた。
ただ、体を維持する、死なないように生きる、それだけ考えていたから。
感染症や合併症で入院もあり、申し訳ないけど、生きる気力みたいなのもなく、
「もし死んだらごめんね」みたいな気持ちを常に抱えていたな。
大きな体で透析をするのはやっぱり負担のかかることなので。でもそれしか選択肢はないし。

サカナ先生には透析導入をした病院に紹介状を書いていただいて、
2014年に初めてお会いした時から、おおらかに、優しく接して頂いて。
体重の減少がむくみによりうまく行かない時も、ひたすら見守ってくれて。
もう移植はできないんじゃないかと思ったことも幾度となくありました。
オレを見捨てずにいてくれたお陰で、ここまで来れた。恩人です。
当面は月1回の外来で様子を見ていくとのこと。
外は強い雨が降っているが、気分は晴れ晴れしている。ようやくだ-----。

■皆様への感謝
これまで、多くの方からお見舞いのお言葉や激励を頂きました。
長期間の休職でやや社会と隔離されがちではありましたが、
そうした皆さんのお気遣いがどれだけ支えになったかわかりません。

■家族(母)への感謝
女性の腎臓は男性より概ね小さいため、
女性→男性への移植はやや不利と言われていますが、
母の腎臓は通常の女性平均よりも非常に大きく、それも幸いしました。
日々有酸素運動を心がけていたこと、年齢の割には身長が高いこともなども一因では?
と先生が分析されていました。移植直後は、健康な人から腎臓を取ってしまった罪悪感も痛感し、
回復への不安と、それらの自責の念で、かなり精神的に厳しい時期もありました。
ただ、先生から「その気持ちは多くの人が通るもの。健康を回復すること
が一番の恩返しですよ」とご助言を受け、ようやく気持ちの切り替えができました。
身を投げ打ってまで、自分を助けようとしてくれる人の存在は幸せというほかありません。
また、父、姉、義兄など、身内のサポートも手厚いものでした。

■病院への感謝
某医大の主治医をはじめとした先生方、看護師の皆様の細かな連携と、
非常に丁寧かつ細かい説明、慎重な治療、誠意ある対応に驚きました。
多くのスタッフが日々何度も様子を観にきて下さり、
こちらの不安を一掃して下さいました。この病院に出会ったことも、幸せなことでした。

■腎移植までの道のり
2003年11月 初めて腎不全(高血圧性の腎硬化症)で50日入院
2013年08月 腎機能悪化で腹膜透析(注1)導入(21日入院)
2014年08月 紹介状を頂き移植外来へ初訪問
2015年02月 蜂窩織炎(注2)で17日間入院
2016年01月 腹膜炎(注3)で89日入院(透析の合併症)・休職開始
2016年03月 血液透析の併用開始(週1回)
2016年06月 母からの生体腎移植を正式決定
2016年08月 血液透析を週2回に
2016年11月 移植手術日決定
2016年12月 血液透析を週3回に
2017年01月 某医大に入院、下旬に移植手術
2017年02月 34日の入院を経て退院
2017年05月 復職

注1)腎生検
外から腹部を通じて腎臓に向けて細い針を差し込み、針の先端で腎臓の細胞を採取し、
採血や採尿、CTや超音波検査などではわからない腎臓の状態を把握するものです。
今回の場合は、自覚症状に現れない拒絶反応などの確認のために行います。
仕方ないこととはいえ、直接針で腎臓を傷つけるため、頻繁には行われず、
検査自体も高い技量が求められます。

注2)腹膜透析
人工透析には「血液透析(HD)」と「腹膜透析(APD/CAPD)」の
2種類があり、腹膜透析は新時代の透析手法として普及が期待されています。
腹部にカテーテルをつけ、ブドウ糖等で構成される透析液を腹膜に貯留
することで、浸透圧の原理で体内の老廃物や水分を排出する仕組み。
透析能力は血液透析より劣るものの、体に優しい、腎機能の低下が緩い、
病院への定期通院が月1度程度で済むなどの利点がある。一方で、
自宅での透析液や機器の管理などが膨大で、透析患者での利用率は数%に留まる。

注2)蜂窩織炎(ほうか・しきえん)
人工透析になると、肌の感覚がしびれなどで鈍くなり、傷口も治りにくくなる。
私の場合は暖房機器で低温やけどをしてしまい、その傷が化膿し、
激しい炎症を起こしたもの。

注3)腹膜炎
腹膜透析患者に多い合併症。腹部のカテーテル周辺が外部に触れている
うえ、抵抗力も落ちているため、比較的容易に感染する。

■最後に
腎臓病は「沈黙の病」と言われているそうです。
自覚症状がでる時には基本的に手遅れなことが多いです。
一度悪化すると、基本的には治癒はありません。
今、毎年約4万人が新たに人工透析の対象になっています。
皆さんも私のようなことにならないよう、体を大切にしてください。

移植腎臓の生着率は10年後で平均約85%です。
今は免疫抑制剤の進化で、生着率は改善の一途を辿っています。
肥満と血圧に注意し、頂いた貴重な腎臓を1日でも長く保てるべく、
節制した生活に努めたいと思います。
せめて還暦まで持ってくれれば、と祈るばかりです。
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移植検討時に頂ける小冊子の表紙です。

by navona1971 | 2017-05-14 09:02 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)