「親友にお見舞いのお礼」

今日は親友、OT氏と退院後初めて会う。
ここ最近は入院が目立ったが、そのたびにいの一番に様子を見に来てくれ、どれだけ励みになったか。
山あり谷ありの人生の中でも、常に近くにいて、力をくれた存在です。
高校一年生の時に同級生になってからの付き合いだから、今年でもう30周年。
退院から一ヶ月だし、そろそろお礼もしなければと思い、声をかけさせてもらった。
彼の地元までのんびりとバスで。途中、道中坂下(どうちゅうさかした)でバスを乗り換える。
名前がいいでしょ。もう、なんとなく場所のイメージが沸くじゃないですか。
画像左手が中原街道。右手が道中坂下のバス折返所になっています。
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ここは、五十三次で知られた東海道の裏街道(脇往還)として利用された中原街道
(神奈川県平塚市~東京都)の途中にあります。東海道より距離が短かったことや、
大名行列の混雑などを嫌った商人や旅人などに愛されたようで、
この先にある武蔵小杉には、「御殿町」など、当時を思わせる町名が残っていたりします。
今でこそ道路が改修されましたが、少し前までは狭い道が曲がりくねり、
周囲の山々に生い茂る竹笹とともに、うっそうとした空気を生み出していました。
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その後田園都市線青葉台へ。
ひとりで少しお茶をして休んだあと、彼と待ち合わせ。
夕食には早いから、とドライブ。アテもなく流れのままに。港北IC~第三京浜~横羽線~湾岸線~
中央環状~渋谷線~都心環状~霞が関~桜田通り~目黒通り~第二京浜。
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上海の隣、昆山(こんざん)市に製造工場を持つメーカーに勤務する彼。
こちらは休みだが現地工場は稼働しており、
中国版LINEに相当する微信(WeChat)の通知音がよく響く。あ、世界的にはLINEの方が少数派か。
コスト削減で製造拠点は海外への転移が目立ち、彼の会社もそれにならったものだが、
品質の問題や仕事の取り組み方、考え方の違いなど、カルチャーショックも多いそう。
良くも悪くも「適当なんだよなぁ」と。ただ、優秀な人はとても優秀だし、活気溢れる印象はある、と。
食事と空気は「やっぱり日本がいいよ、出張から戻るとホッとするよ」本音だろうね。
車中ではその後、ここに書きにくいような話題を延々と。しかし、特に湾岸線と渋谷線の混雑が激しい。
好天、3連休、年度末、卒業シーズン、いろいろ重なるからね。
けれど、笑いと会話が絶えず本当に面白い。長い渋滞もこんな時はかえってありがたい。
渋谷線上からヒカリエを1枚。
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東京から戻り、最後は川崎市幸区河原町にある台湾料理店「海味館(かいみかん)」にて夕食。
来るのは3年ぶりかなあ。彼とはお互いの都合が特に合いやすかった2010年から2012年にかけて、
よくここに立ち寄って夕食を食べてから、銭湯、サウナに行く、というお決まりのコースがあった。
オレの病気の悪化で控えて以来です。もちろん、無茶した食べ方はしません。
夜の定食、酢豚やエビチリなどからメインをレバニラとして、小皿もチョイスできるがサラダに。
ご飯も残しました。というか、胃がもう量を受け付けない感じ。もちろんおいしかったけど。
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彼は台湾ラーメンとニンニクチャーハンに麻婆豆腐。スリムなのに大汗をかきながら食べている。
僕は移植をしてから代謝がよくなり、以前より汗をかくようになって嬉しいような困るような感じだが、
彼の姿を見て、まだまだ自分の代謝改善なんて甘いなあ、と。
でも、彼はその代謝の良さのせいか、肌はつやつやで、血色もよく、オレより遥かに若く見える。
実際先日病院へお見舞いに来た時は、ナースに「弟さんですか?」と尋ねられたくらいだから。
ま、車の中が多いからというのもあるが、彼は今日半袖姿。
ちなみに激辛で有名な蒙古タンメン中本だと「あそこ行くと汗がこんなもんじゃない」そう。
冷や汗はともかく、こうした汗は、先生も言っていたが、健康な証拠でもあるね。いいことだ。
さ、そろそろ帰りましょう。今日は楽しかった。ありがとう。


by navona1971 | 2017-03-18 21:29 | とりとめもない話 | Comments(0)