体調悪化のなかでの新潟出張がトドメ、入院へ。

「Maxとき」で新潟到着後、新発田へは白新線。
新潟色の115系が数を減らしながらも「今なお現役」。
東京では味わえない懐かしい乗り心地。本来ならもっとキャッキャするのだが、病でダメw。
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典型的な地方の主要駅チックな雰囲気を持つ羽越本線新発田駅。
隣にある待合室は暖房が効いていて助かりました。
遠くに望む雪をかぶった飯豊の山々が美しくて、つらい体調の中を一瞬忘れる。
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宿泊はJR系でおなじみのホテルメッツ新潟へ。駅直結がこんなにありがたいと思ったことはない。
素敵な造りで部屋も広かったが、堪能する余裕なし・・・。
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そんなこんなで帰京した翌日、某医大病院へ。ご覧のとおりとなりましたw(詳しくは以下)。
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どうも。お久しぶりです。
ここに少し書いていたし、リアル知り合いの方ならご存知かと思いますが、
入院しておりました。その顛末を。

3/23 新潟に出張。
もうここ一か月ほど体調がすぐれない。体重は増えていないのに、気怠さを感じ、
背中から左足付け根が激しく痛む。歩くのがやっと。どうも、背中にできた低温やけどの傷が、
完治せず、腫れており、痛みをたどると、その傷口からまさしく左足付け根に通ずる。
でも、絶対に新潟行きは変更できない。もちろん最終手段として後輩に頼むことはできるが、それは悪い。
なんとか出向き、その日はホテルメッツ新潟泊。駅直結で助かった。当然、震えるほど寒い。

3/24 新潟出張二日目
本来なら「何たべーよーかな」なのに、朝から食欲ゼロ、昼とあわせてそばをすする程度。
雪がちらつき、見ただけで頭が重くなる。昨日から続く痛みは、発熱を伴うものに。
所定の用件をなんとか新発田で終え、倒れこむように帰りの「Maxとき」に乗る。
そして東京までひたすら目をつぶる。トンネルばかりで景色も楽しめないし、外は真っ暗。
ようやく東京に到着も、もうこれ以上、体が動かない。
そのままタクシー乗り場に行き、横浜の自宅まで、とお願い。料金が高い?もうそんなのどうでもいいw。
なんか死にそうw、と。正直新潟行く前から体を動かすのが精いっぱい、数段の階段すら無理だったので、
「俺、もしかしたら新潟から生きて帰ってこれんのかな」と思ったりwww。
まあ死ぬなら死ぬでしゃーないし、死ぬ本人は「無」になるし、わかるわけねーし、と半ば自棄にw。
そんなことを思いつつの二日間でした。

3/25 某医大附属病院へ
年明けに地元の個人経営の皮膚科に行くが全く要領を得ず、ということもあった。
ただ、なるべくかかりつけの大病院には病院側にくだらない負担となるので行きたくなかった。
でも、もう無理。昨日同様歩けないためタクシーでその大病院へ。この科は初診にもかかわらず、
1時間も待たずに診察に進む。若い美人の女医さん(ただしそんなことを喜ぶ余裕もなしw)
が丁寧に診てくださる。現状、患部のほてり、腫れ、高熱、倦怠感・・・採血の結果、
体が(おそらく)細菌の侵入により、ひどい炎症を起こしていることが判明。
そのままいつも診て頂いている腎臓内科のとある部屋に搬送され、ベッドに横たわる。
入院の準備も病院側で始まる。どうやらこのまま家には帰宅できそうもない。
しかし、院内の連携が素早い。ちょっとした移動はもう車いす。歩けないから・・・。そんな中、
皮膚科の女医さんからバトンタッチし、いつも診て頂いている腎臓内科のO先生が来る。

O先生「なにがあったのだまさん!」。
だま「先生・・・あー、顔見て安心しました・・・」。

触診や皮膚科との情報交換、採血、CTスキャンなどの結果、「蜂窩織炎」(ほうか・しきえん)と
判明。初耳の病名だが、どうやら、黄色ブドウ球菌が傷口から体内に侵入し、
炎症を発生させるそう。ちなみない黄色ブドウ球菌というのはどこにでもあるもので、
人の皮膚(特に鼻の中)に存在するそう。通常、皮膚で体が守られているため体内には入らないが、
こうした傷があると、そこを通じて・・・ということだそう。で、痛みや腫れを起こさせる、と。
あまりの惨状に、O先生の上司であり、内科部長のS先生も駆けつけてくださる。

S先生「どう?どんな感じなのかな」。
だま「う・・・・、せ・・ん・・せ・・・ぃ・・・」(わざわざ来てくれたことに泣けそうになる)。

S先生は例のことで13年前の入院時からお世話になっていて、
人柄、技量ともに、最高の方。主治医として助けて頂いているだけでなく、
人として生き様も尊敬しているのだけど。なので、周囲を追い抜いて出世もしていく。
たかが自業自得の一患者に、多忙な時間を割いて様子をうかがいに来にてくれた。ありがとう・・・。
S先生とO先生に会えたのなら、どんな結果が出ても悔いはない、とつらさの中の妙な達観も・・・。

で、結局そのまま(皮膚科なんで)外科系病棟に入院。
抗生物質の点滴投与でひたすら体の細菌をつぶし炎症を抑えていくとのこと。
体の炎症度合を示すCRP値(正常値は1.0以下)が、26.5だったそう。
(15から20で、重篤な疾患と評されるらしい)だから、この値がいかにひどい数字だったか。
細菌と闘う白血球数も正常値が8000程度のところ、20,000。
熱は40℃近くまで上昇し、自分でもわかってるんだけど、うわごとが止まらない状態。
そして入院当日、さっそく会社帰りの姉夫婦が立ち寄ってくれた。
某超大手企業勤務の義兄は多忙なのに、時間を割いて様子を見に来てくれた。
自己管理不足により、「なるべくしてなった」こんな俺にも、こんなに早く見舞いに訪れてくれ、
感謝と情けなさと申し訳なさで、顔を見て話そうとしても言葉に詰まってしまう。

また、FBを通じ、M女史からも丁寧なお見舞いメールを頂く。
病気、生きることにどう対峙していくか、ということについて優しく説いてくださった。さらに、
某お笑い芸人のNくんからも「入院したそうで・・・元気になったら競輪行きましょ」と。びっくり。
つらいことはあるけど、幸せなこと、恵まれていることだと思いました。
姉夫婦のお見舞いにせよ、こうしたメールにしても、ただただありがとう、です。
本当に心の支えになりました。当初は窓際じゃなかったけど、
まるでこの病室から青空を見たような・・・。そのくらい晴れ晴れとした心持ちになりました。

その後
入院後、一週間を経過し、抗生物質の効果てきめんで、体の炎症も収束傾向に。
ただ、再発防止、傷口の治癒などもあるので、まだ退院はできない、と先生。
あわせて、広く窓際の2人部屋が空いているということで、
気心の知れる内科病棟への移動を伝えられ、そちらへ。
てか、例の病気で二年前ここに来たばかりなので、担当のナースさんもそのまま。

茄子「あれ、だまさん、私以前会ったことありましたよね?」。
だま「あ、やっぱりわかる?(うーん、相変わらずかわいすぎてつらい)」みたいなw。

といろんなナースにそう、口々言われてお恥ずかしい限り。
ただ、顔なじみなぶん、気楽さも(こんなところで常連になってもしゃーないよなw)。
ここまで来て点滴こそは中止されないものが、数日おきの採血程度で、
あとは炎症を抑えるだけなので、ひたすら病室で寝ている。
楽しみは朝、病院の1Fにある売店に新聞を買いに行くことと三度の食事くらいか。
せいぜい一週間で退院できると思ったが、再発もままあるそうだし、まだ数値が
高いということで「あと一週間は最低いないと・・・」となり、
なんやかんやで4/10(金)、入院期間17日をもって退院となりました。

終わりに
なにより職場に迷惑をかけた。新年度初めの大事な時期に。
そして、今更ながら自分が周囲の人によっていかに「生かされているか」を痛感。
もちろんそのことをこれまでないがしろにしてきたわけではなけど、とにかく再認識。
そうだな、残念なことといえば、入院後に桜が咲き乱れ、退院後には葉桜に・・・。
桜を追ってこの春短い旅に出るかも知れません。その時はこちらでまた。
Commented by springfield at 2015-04-07 00:27 x
だ、大丈夫ですか?
どうか早くよくなりますように。
入院と聞くだけで胸が痛くなります。。
Commented by navona1971 at 2015-04-12 12:23
>>springfieldさん
ご心配をおかけしました。こんな顛末でした。
病院、入院のお話はよくされていましたものね。
大切な場所ではありますが、縁が薄いにこしたことないし。

新居も着々で、大きさにびっくりです。
今年は一層素敵な生活となりそうですね。
お子さんも羽を伸ばしまくりで駆け回るかな。
嫁さん連れてお伺いするはずがwwww無理そうだなぁw
Commented by springfield at 2015-04-12 15:47 x
退院おめでとうございます!
すごく大変でしたね。
健康のありがたみを痛感しますよね。

とにかく無理はいけません。子供じゃないんだから自分で管理しましょう!そんな状態で出張してる場合じゃないです!偉そうですいません(笑)


家は沢山の思いがつまっていて、そして沢山の人に助けられて出来上がってきています。
辛い思いもしました。けど、楽しそうに建築中の家を見る娘を見てると、これから頑張らないとなと思います。
借金頑張って返します(⌒-⌒; )
Commented by navona1971 at 2015-04-13 12:14
>>springfieldさん
ありがとうございます。
いやーほんとにガキのままですよ精神が。
ここ数年のうちにすっかりばりーさんは強くなって。
しっかりさんになって遠く先に行ってしまい背中も見えないw

いや、人生背負うべきものを背負ってこその人生。
お子さんがいれば決心も違うもの。
そこは間違ったなぁー俺・・・。ま、相手のみつけようもないけどw
by navona1971 | 2015-04-10 23:59 | ぶらり出張記 | Comments(4)