別に入院、移植手術をしたから、という訳ではないのだが、
時間もあるので、引き出しの中の整理、
断捨離というほどではないんだけどね。もともとあまりモノがないし。

実は一昨日、切れ味のいいハサミを買ったせいもあるんだけど、
意を決して、ある程度、過去になった年賀状は全て捨てることにした。
割り切るのも大切。というか、目を通すことも実際ないしな。
数年ほど前には手紙も全て捨てた。山ほどあった訳じゃないが。
見てもなんとも思わないし。感傷にひたれるなら取っておくけどさ。
なんか昔過ぎちゃって実感ないのよ本当のところ。
思い出ではなくて、思い出を思い出す、みたいな感じでね。
焼き付いている記憶じゃなくて、単に保存してある記憶を引っ張るだけ、みたいな。
それに、忘れられないようなことは、媒体がなくてもきちんと覚えているから。
e0078069_14401480.jpg
切り刻んで捨てることだし、さすがに最後は一枚一枚目を通す。
新聞社時代とか懐かしい。基本的に行政(当時の運輸省・環境庁)や
物流業界を担当していたが、代打で輸入車業界やバス業界を担当することも多かった。
あの頃はバブルこそ弾けていたけど、まだまだ輸入車は元気だったからね。
右も左もわからんガキで弱小新聞社だったけど、取材先はみんな優しかった。
結局、インポーター(輸入業者)って、育ちのいい家の子息とかコネ採用wが多いから、
みんな上品なんだよね。特にヤナセなんかそう。男性イケメン女性美人、みたいな。
父の勤務先がヤナセの取引先だったこともあって、かわいがってもらえました。
まだ今から比べると、様々な面で余裕のあった時代だったんだろう。
昔の若さと今の知恵があれば、もっといい仕事ができたんだろうけどな。

ちなみに不定期開催ながらこの新聞社のOB会が続いている。
労働環境は褒められたもんじゃなかったが、一応新聞社だけにプロ棋士崩れやアウトローインテリが多く、
執筆能力は当然のことだが、なによりみんな話術に長けていた。
個性派揃いで面白かった。いい勉強させてもらった。
e0078069_14402454.jpg
今日は昨日同様強風が吹き荒れているが、気温も昨日同様、とは行かず、
8~9℃程度下がってしまい、風速10mを踏まえたら体感温度は相当寒い。
けど、歩かないわけにはいかない。寒くて面倒だけど、一日一日が大事だから。
この日も3kmほど歩く。やっぱり毎日歩けば回復も確実だし。でも、寒い・・・。
途中、早咲きでお馴染みのカワヅサクラの木が見事な花を咲かせていました。
うん、やっぱり春は近づいているんだな。


# by navona1971 | 2017-02-21 14:39 | とりとめもない話 | Comments(0)
今日は風こそ強いものの、予想最高気温は18℃。なんと東京は20℃だとか。
朝10時の時点でアメダスは13.5℃。散歩日和じゃないか。
11時少し前に外出。本当に風が強いが、暖かさが帳消しにしてくれる。とても歩きやすい。
e0078069_13475498.jpg
途中、自宅近くを流れる一級河川の土手を歩く。ここは下流で、この先数百mで鶴見川に合流する。
現在、護岸にこれまでの洪水時に堆積した土砂を一掃する工事が行われている。
おそらくこのコンクリート製護岸にしてから初の除去工事のはず。
堆積して長い年月がたっているので、護岸上からは多くの草木が生い茂り、ある意味自然だった。
そうした部分が格好の隠れ家や餌場になるのか、猫、タヌキ、ネズミから、スズメ、ツバメ、
ハクセキレイ、ムクドリ、カモメ、サギ、鵜など、
おおよそ都市河川とは思えないバラエティに富んだ動物たちの集まりのベースにもなっていたと思う。
e0078069_13472969.jpg
この堆積土砂の撤去に伴い、木々も当然姿を消し、そっけないコンクリート護岸が姿を見せた。
ただ、あまりの堆積量の多さに、水害時の流量を障害する要因にもなっていたから、仕方ないな。
入院前は工事予告看板もあるかないかだったけど、久しぶりに土手へ登ったら工事はピーク。

土手を歩いたあとは再び町中を進む。暖かさもあって足取りも軽く、隣町のシャトレーゼまで歩き、
買物して再び歩いて帰宅、合計3kmほどを歩いた。退院後最長距離で、疲れもない。よかった。
少し自信になったが、明日は打って変わってまた冷えるらしい。木曜日は雨みたいだし。
日々暖かな日差しのもと気持ちよく散歩できるにはまだ季節が早いね。


# by navona1971 | 2017-02-20 13:46 | とりとめもない話 | Comments(0)
今の生活で気になるのは体力のなさ。
透析時代に落ちてしまっていてからの一ヶ月の入院に移植手術だから、
そりゃ体力が落ちるのは当然なのだが、やはり少しでも早く元気にという気持ちになる。
「必ずよくなるし、悪くもならないから、そう焦るなよ」。父が言う。
いや、わかるんだ。でも、プレッシャーもあってね。
「会社にもし戻れなかったらどうしよう」とか、「また透析生活が来たら」とか、
今は体力がないぶん、家にいる時間も多いから、つい余計なことを考えてしまう。
でも、その不安をまた、心の中で打ち消して、「絶対に復帰する」という気合いは入れている。
それぞれの気持ちへ、振り子のように揺れ動く感じ。

貴重な腎臓を頂いて、つらい移植手術までドナーにさせたわけで、こちらの責務は大きい。
「親なら自然な行動だ。そんな負担に感じるな。考えすぎるなよ」と、さらに父。
まあ父は親としての立場だし、気持ちはわかる。俺はもらった側だし、息子なりの立場もある。
感謝やプレッシャー、罪悪感などが入り交じる。ただ、確かに考え過ぎはよくない。
実際に術後は想定の最短で退院でき、今のところ拒絶反応もないわけで、順調なのだから。

それはともかく、散歩だけはなんとか社会復帰までに習慣にしないと。
しっかり準備をして、2kmほど離れた店まで行くつもりで家を出た。
体力的には大丈夫だったが、あまりに寒くて。風が今日は強い。頬が冷える。
昨日よりははっきりと歩きやすくなったと思う。それがわかればそれでいい。
ゆっくりでいい、あまり焦らないように、と自分で思い、心に刻み込む。
半分ほど進んだところにあるコンビニで買物をして折り返す。
あぁ、でも昨日よりは本当にいい感じ。明日は気温も高いと聞くので、改めてチャンスを。

午後、そういえば、とクローゼットを漁る。
何年か前、いつか着れたらと、セールでXL(45-88=首回り~桁丈)のシャツを買った。
当然、当時の自分になんて着られるわけがない。ずっと仕舞ってあって、あ、あったんだ、と。
早速着てみると、なんとジャストフィット。おお、ここまで体が小さくなったのか。
45-88というのは、サイズ的には何に相当するのか、とユニクロのサイトを参考に見ると、
ちょうど、ユニクロのXLが44-89だったかな。ユニクロはXLまでが店舗取扱いで、それ以上が、
ネットと銀座店限定なんだよね。とうとう私もユニクロ既製品サイズになったのか(めでたいw)
サイズが小さくなるのはいい。体重も減量が続いているけど、体力をなんとかせねば。
まあ術後3週間弱だから、これから。
e0078069_17451445.jpg






# by navona1971 | 2017-02-19 17:56 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)

「サスペンダー初体験」

そうそう、昨日の外来で、ベッドに横になりながら先生に手術痕を診て頂いたが、
傷跡に負担の少ない生活の仕方として、しばらくの間、
ズホンをベルトではなくサスペンダーで支えてみては、とのアドバイスをもらった。
言われてみれば確かに。あまり最近聞かないんだよね。サスペンダー。

帰りに自宅近くのデパートでいくつかお店を覗いてみるが、扱っていない。
やっぱりなあ、本当に最近見かけないもんなあ。
仕方ないのでアレしかない。Amazon。あっさり発見。しかも明日到着。
いや、そこまで急いでいないのだけど。

で、届いた。実は人生初のサスペンダー。
体重も減ったし、通常タイプでいいだろうと思って何気なくメールで姉に尋ねたら、
「大きいサイズじゃないとダメじゃないの?」と。んなぁこたぁないよ、と思ったら、
「だって胴長いじゃん!(横浜弁)」と。はい、言われてみればそうでしたw
ってことで長めを購入。サイズはOK。むしろ少し短く調整してズホンを試し履き。
うん、大丈夫だ。多少なりともお腹には負担がかるいな。腹帯の邪魔にもならんしね。

散歩は初めているのだが、まだスタミナが足りない。冷や汗が出てしまう。
で、それが寒さで冷えるのでちょっと怖い。風邪とか引きたくない。
少し室内で筋肉を動かしてみよう。そういう意味じゃ筋トレだけでも早めに
スポーツクラブに再入会して鍛えたいのだがなあ。まあまだまだだろうか。
e0078069_16181402.jpg
あと、欲しかったペンタックスのレンズがある。55-300のリニューアル品で、AFもなかなかいいらしい。
しかし、K-5非対応と知り大ショック。でも、考えてみれば、発売開始直後に買ったから、
私のK-5ももう6年4か月経過してるんだよな。自分では新しいつもりでいたが、
一眼レフ所有歴の中でももっとも長いものになってしまった。
でも、ほいほいと買い替えられる金額のものじゃないからねえ。愛着もあるし。
ちなみに自分の一眼歴はD40→D90→K20D→K-5。一番好きだったのはK20Dだけど。
すると、今月末、KPっていう新ボディが出るんだって。コンパクトで高感度に強い。高いけど欲しい。
だけど、ひところから比べるとあまりに一眼レフが普及しすぎてなんか持ち歩くのに抵抗感もちょっとあったり。
果たして一眼レフを使い続ける熱意が持つかも怪しくてな。
まあ病気のせいもあったけど、K-5の出番はここ2年全くといっていいほどなかった。
それに、コンパクトカメラでも本当によく撮れるからねえ。最近は。スマホもすげーし。



# by navona1971 | 2017-02-18 16:25 | とりとめもない話 | Comments(0)
今日は退院後初の外来診察。
先週の土曜日に退院したから、ほぼ一週間。
非常に節制した生活をしてきたし、体調に大きな問題はないから、
検査結果も想定の範囲内だろうとは思うが、やはり強烈な不安が全身を覆う。
そういう心理や数値の悪化への恐怖みたいなことも、大げさだが克服せねばと思う。
もっと自己管理や、自分の取り組みに自信を持たないといけない。
もう少し時間が経ってより、節制した生活が体へ結果として出てくるとまた違うのだろう。
移植後、怠薬をしたり、食欲に走る人もいるそうだが、
大切な腎臓をくれた母と、私に携わった病院の皆さん、ゆっくり休ませてくれた会社、
支えてくれた父、姉、義兄、友人らのことを考えると、正直、とても気を緩める気持ちにはならない。
腎臓に限らず、今まで迷惑をかけたぶん、なにもかも、健康を目指さないといけない。
たかが一週間で何言ってんだと言われそうだけど。

毎朝7時30分に服用する免疫抑制剤の服用前の血中濃度を測定するため、指示通り、
薬を服用せずに早朝病院へ行き、採血後、すぐに薬を飲む形を取る。
なので、家を出るのは6時半過ぎ。まだ体力も足りないのと、冬場の朝ということもあり、
念のためタクシーを予約しておいた。病院まではこれで行く。

大げさだが腹部を傷つけないよう、ゆったりとした姿勢で乗れる1BOXを予約。
痛みはもう全くないし、しばらくは巻いておいてといわれた腹帯もしてるけど。
ドライバー氏は幸いにも患者送迎の経験などもあるマナーのよい方で、
「椅子は大きく下がりますからリラックスされてください」と配慮してくださった。
聞けば某大手法人勤務から独立間もないのだそう。この病院へもよく行くらしい。
地域のタクシー事情などの雑談をしつつ病院へ走らせてもらう。
「僕も糖尿っぽいんで、そろそろ大きな病院にいかないと」と大柄なドライバー氏。
走行は予想していたルートとは異なる。ほぉ、たしかにこちらが速い。さすがプロ。
長年ここらあたりを地元としていただけあるなあ。

病院到着後、採血を済ませ、服薬しようやく朝食。売店でおにぎりセット。
あぁ、昔なら物足りなかったろうな。そして、外来窓口へ。
移植外来で幾度となくお世話になったKナースが優しく語りかけてくる。
こちらから日々の節制生活ぶりとデータ記録の内容を伝えると「それだけできているなら、
何の心配もないですよ」と太鼓判。単純だが気持ちが軽くなる。

今日は主治医のさかな先生が出張で不在。
このため、これまでも同じグループで私を診てくださったK先生が担当される。
結果については問題なし。ふーっ。予定通り免疫抑制剤を減らす話に。
あと、サイトメガロウイルス肺炎対策について触れてくださる。
この肺炎は日本人の多くが成人までに普通にかかる(いつまにか治癒)んだけども、
移植患者の場合は免疫力が低下するため、感染の可能性が高くなる(確率的には低いが)。
それに検査の結果、僕にも母にも抗体がなかったそうだし。

ただ、感染してもきちんと治療すればいいので、感染後対策するというのも手らしい。
予防薬も永遠に飲むわけにはいかないし(保険適用限度があるとか)、
飲み終わればその後結局感染の可能性が出るから、退院が近くなってから
先生は僕に飲ませるか迷っていた。防衛的な生活をしていればまず感染はしないらしいし。
「その後少し議論があったのですが、移植後安定期前に感染すると、
その後の腎機能の寿命にもやはり影響するという見解もあるようなので、
だまさんもこれから当分の間服用してくださいね」と先生。はい、従わせて頂きます。
あ、あと手術痕も診てくださった。まだ若干浸出液があるが、そのままでOKとのこと。

病院を出ると生暖かく強い風が吹き込みまくっている。春一番?
朝の天気予報を見て薄手のジャケットで来て正解だった。明日以降また寒くなるそうだが。
それでも、ゆっくり、春へと近づきつつあるよう。
体力も少しづつ回復してきたし、もっと散歩の距離を伸ばしたいが、もうちょっと気温が欲しいね。
e0078069_15484312.jpg

# by navona1971 | 2017-02-17 15:48 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
退院から5日。
まだまだ本調子にはほど遠いが、回復基調は不変。
手術から3週間でこれなら、十分だと思う。
今のところ問題ないと思うが、明日初の外来なので、はっきり分かる。

今日は2013年8月の人工透析開始(高血圧による腎硬化症が原因)から、
今回の入院まで使っていた腹膜透析機器「ゆめ」(バクスター社製)の引き取り日だった。
ご存知の通り、腎機能が悪化し、「慢性腎不全」になると、
人工透析を行わなければなりません。今は毎年3万人ずつ増えているのだとか。
腎臓の代わりに機械の力により、体内の老廃物の除去と、水分の排出をします。

一般的に透析というと「血液透析(略称=HD)」を指します。
腕に針を2本さし、人工透析装置(ダイアライザー)と接続し、
概ね週3回、4時間、透析を行います。
現在日本で透析をしている人の90%以上がこのスタイルです。
血液透析の欠点は上にあるように、週12時間、絶対に病院へ行かないとダメな点。
大雨だろうと台風だろうと、大雪だろうと、休むことは許されない。
だいたい、月水金か、火木土。準備や撤収を含めると最低でも5時間は必要。
これでは一般的な社会生活との両立はなかなか難しい。
最近では泊まりながら寝ている間に行う「夜間血液透析」も増えていますが、
対応している施設はまだまだ少ない。費用もやや高めらしいし。
e0078069_10021519.jpg
もうひとつの透析手法に「腹膜透析(RD)」というのがあります。
これは自分のお腹にある腹膜内に、透析液(ブドウ糖などで構成)を腹部に作った
カテーテルを通じて注入し一定時間貯留します。そして、浸透圧の原理で水分と老廃物を
除去し、そのカテーテルを経て排出する、というものです。
さらにその腹膜透析には、昼間行う「CAPD」と、夜間(就寝中)に行う「APD」があります。
薬液さえあれば、CAPDは手動でもできます(点滴のように袋を垂らすことで流す)が、
「APD」は原則として機械で行います(基本的に全自動です)。
なお、腹膜透析は毎日必ず行います(365日)。例外はありません。
腎不全になった時、血液透析か、腹膜透析かを選択します。私の場合は

(1)仕事を今まで通り続けたかった(APDなら帰宅後就寝中にできる=所要8時間)。
(2)透析液、機器の自己管理ができる若さがある(血液透析は基本的に全て病院任せ)。
(3)腎機能がまだ残っている(血液透析の方が透析能力は優れるが、腎機能の低下が早い)。
(4)(1)とも関連するが、週3回の通院が不要、月2回の定期外来のみ。
(5)かかりつけの大学病院が腹膜透析普及に積極的だった。

以上の理由で腹膜透析(APD)を選択しました。

自宅の自室に機器(ひと昔前のビデオデッキ2台分くらいの大きさ)を置き、
このほど、腎臓移植するまでの間、ほほ毎日腹膜透析をやってきました。
確かに、これで夜間透析を行えることで、会社にはなんとか通うことができました。
これは腹膜透析の最大にして、唯一(と言い切るのは微妙ですが)の利点だと思います。
まあ、体に優しい透析方法である、というのもありますが。
実はマイナス面も多くありまして

(1)血液透析より透析能力が劣るため、特に体が大きいと透析不足になりがち。
(2)腹部カテーテルの衛生管理が必要=腹膜炎に感染する率が比較的高い。
(3)腹膜が劣化し、生命の危険もある被嚢性腹膜硬化症(EPS)に陥る可能性がある。
(4)いずれは血液透析へ移行しなければならない(5~8年位経過後、腹膜劣化により)
(5)透析液を1日10リットル近く使うため、液の保管、補充、破棄、容器の清掃などが大変

などがあります。
実際、私は体が大きいため、透析不足による足のしびれや冷え、体のだるさ、声の枯れなど、
さまざまな症状に悩まされました。正直、会社には行けたものの、もう必死で、
ほとんど気持ちに余裕がない感じ。でも、血液透析は選択できない、厳しい状態。
だから、2013年夏から、2016年頭頃まで、あまり記憶がないんだよな。何をしたのか。
腹膜透析中心の生活過ぎてしまって、余裕がなかった。

あと、これは腹膜透析とは直接の関係はありませんが、腎不全により、肌が弱くなったため、
低温やけどで褥瘡ができ、蜂窩織炎にかかってしまうこともありました。
さらに、腹部のカテーテルより腹膜炎に感染、そして、カテーテルが腹膜内で固定されている
のですが、何らかの理由で腹部で動いてしまい、透析液の適切な注入と排液が困難になり、
体重が異常に増加(むくみが原因)と、透析不足による体調悪化で長期入院に至りました。

厚生労働省は「腹膜透析(PD)ファースト」を掛け声に、血液透析よりコストの安い
腹膜透析の普及に力を入れているようですが、現状、私の経験からしても、
一層の普及はまだまだ課題が相当多いなというのが印象。一説にはシェア5~8%だとか。
高齢者や一人暮らしの方には、あまりに負担が大きく、選択は現実的ではありません。

結局、約2年半腹膜透析を毎日行ったものの、腹膜炎とカテーテルの不全による入院後は、
会社を休職し、血液透析を併用(週1回→週2回→週3回・それに合わせ腹膜透析の回数を減少)、
減量と体内の水分除去を確実に進めたうえで、このたびの腎臓移植となりました。

今思えば苦しい日々でしたが、ギリギリのところで社会生活ができたのもの「ゆめ」のお陰。
移植後、腎機能が比較的早期に安定し、排尿も違和感が短くすぐ正常になったのも、
血液透析の期間が短かったため、腎機能の低下を最低限に抑えることができたことが遠因です。
引き取りの業者さんが来た時は感慨深い気持ちになりました。
今までお世話になりました。なんやかんやで私を救ってくれたのは「ゆめ」です。

■追伸
透析というと、廃人同然のイメージを持たれている方が多いです。以前は自分もそうでした。
これから透析になる可能性がある人が読んでいたらひとこと。
透析を過度に怖れないでください。少しでも患者の負担を軽くする様々な取り組みが行われています。
先生や技士さん、看護師さんは、皆さんの味方です。無理のない透析生活は必ず実現できます。
e0078069_10022109.jpg

# by navona1971 | 2017-02-16 09:59 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)

だまのとりとめもない日々を綴ったブログが戻ってきました。


by navona1971