腎移植手術から約二ヶ月。
体調も落ち着いてきたので、そろそろ、と。
この日は移植手術をする前までお世話になっていた某大学病院へ挨拶に向かう。
移植を奨めてくれたのはこちらで、今の病院へ紹介状を書いてくださったのが始まり。
透析に移行した際、「移植は現状では最適なので、ぜひ検討してください」と。2013年の夏にね。
学会などでも交流が多いのだろう。両病院とも先生間のやりとりがそれなりにある様子。

病院最寄り駅へ。もう数え切れないほど来たね。
病院への一本道はこれまで、足取りが重いことの方が多かったかな。
移植直前は週三回こちらに血液透析に来ていたものね。

正面玄関からエレベーターで上に進み、透析室へ。
ドアを開けるとナースや技士さんの視線が集中するのだが、
今日はみんな一瞬固まっていた。その後「あ、だまさん!」と。
「全然違うじゃないですかー、痩せましたねー」とSナース。
続けてみなさんが手を止めて集まって来てくださった。
「おめでとうございます、よかったですね」皆さんが口々に。ありがたい。

移植手術の顛末を説明し、移植直前には血液透析も併用したので、
ここにも半年ばかり通い、皆さんにお世話になったので、お礼をさせて頂く。
ああ、元気になるのは嬉しいけど、笑顔が素敵で優しかったナースの面々とは、
もうお別れなんだろうな。お世話になることもないんだな。それはちょっと寂しい。

続けてこちらでの主治医だったO先生にも顔を出さなければ。
ただ、先生はこの日午前、外来診察担当だった。
それを踏まえ、午後に行けばいいなと思ってたが、診察が混み合っていたようで、
午後になっても先生は外来診察室にいらした。改めます、と遠慮したのだが、
M看護師が「今呼んできますよ、いい話ですし」と。すぐにO先生はいらしてくれた。

先生「おお、だまさん、痩せましたね。体が小さくなりました」。
だま「先生が導いてくださったおかげです。本当にありがとうございました」。

無事に移植手術を終えられたこと、今後も自制すること、
腹膜透析のお陰でここまで来れたことなど、改めてお礼をお伝えしました。
また、移植先病院での入院から退院までの経過をA4で3枚ほどにまとめ、
大げさですが報告書としてお渡しさせて頂きました。
その後は入院病棟にもご挨拶とお礼に。なんというか、一息ついた感じです。
ちょうど1年前、90日ほど入院していたんだよな。
その時は、1年後に移植が無事にできて、お礼に行けるとは想像もできなかった。
ただ、自分は妙に悪運が強いところがあって、崖っぷちというには大げさだが、
窮地に追いやられることがあっても、最後の一歩で踏みとどまる。
まあ、自分で脱出するというより、救いの神が舞い降りるというか。
もちろん、そんなジンクスは信じないし、頼らないけど。
ようは、自分がみんなの力によって生かされているという、それだけのことです。
自分の周囲に素晴らしい人が多いだけ。その厚意に支えられている。

そう、書き加えると、腎機能が悪化し、透析導入だ、となった際、
血液透析と腹膜透析のうち、この病院が腹膜透析を勧めてくださったことが、
結果的に腎機能の急激な低下を防ぎ、移植後の回復の早さにもつながった。
腹膜透析は長期的には腹膜の石灰化による合併症(EPS)の危険はあるが、
血液透析より基本的には体に優しい透析手法ではあるから。
しかし、腹膜透析は透析患者のわずか3%程度しか普及していないのが現実。
確かに、病院に行けばあとは全ておまかせの血液透析は語弊を怖れずに言えば楽で、
腹膜透析は機器や透析液の管理も大変だし、透析能力はやや落ちるので、
体の大きい僕にとってはやや負荷の高いものだった。
実際副作用として多い腹膜炎にもなったしね。でも一方で、
会社へ普通に通うことができたのも通院が不要な自宅での腹膜透析だからこそで、
これがサラリーマン透析者にとっては本当に大きかったと思います。
正直、心が折れそうになることもあったんだけどね。

病院を終えたあとは一気に横浜へ。
横浜高島屋で「こち亀展」やってたからさ。一応好きだったし、見たいね。
しかし高島屋も流行っているのは地下の食品売場と、高齢者向けの衣服を特価で扱う
催し物会場フロアくらい。マジな話、あと20年くらいしたら居抜きでドンキホーテや、
業務スーパーになってるかもw 川崎さいかやなんてすでにそうなったしな。
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※画像は撮影OKゾーンにて。部長話のこの手のオチ大好きですw
こち亀展は面白かった。
てか、両津、中川、麗子らの初登場シーンの生原稿には感動w
中川も麗子も最初の頃は両津までいかないが結構弾けたキャラだったんだよねえ。
その後は6Fにあるイノダ珈琲でお茶。オレは知らなかったが京都で有名なんだって?
おばちゃんで大混雑だった。オレにはドトールあたりと味の違いがわからなかったw
レモンケーキはまいうーだったけどね。
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# by navona1971 | 2017-03-23 23:59 | 生体腎移植(その後の生活編) | Comments(0)
いやいやどうも。
また少し遠出をしたいんだけど、まだ寒いのと、今週土曜日外来があるので、
まずはそこを乗り越えてから、と。なにも急いでいくことはないからね。
バスの空席状況を見たらまだ余裕もありそうだし。

引き取るものがあるので姉夫婦宅へ。
姉の義母が今回の移植手術がひとまず終わったことへのお祝いを先日買って下さったとのこと。
そこまで気遣いを頂いてわざわざとてつもなく恐縮なのだが。
やはり昔の品のいい、育ちのいい人なのでそういうところはきっちりされているんだねえ。
腎臓を提供した母に対しても同様に。
義母さんには少しご無沙汰していたので近いうちに直接お礼をしなきゃならないです。
義兄にさんざんお世話になっていることのお礼も伝えてないしなあ。

義理といえば姉の旦那さんである義兄は今日もちろん会社へ行っているが、
読み古した(古したと言っても読み終わっただけでピカピカ)本がたまっているみたい。
厚意で例のごとく何冊か面白そうなのを頂いてきた。
野球本とプロレス本、加えて仕事関係の本がちらほらあったが、
最近はプロレス本の面白さを義兄に教えてもらった感じ。
この日も以下の本をピックアップ。そうそう、
柴田勝頼と後藤洋央紀は四日市工業高の同級生なんだよね。楽しみです。
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ここに来る時、横浜市営地下鉄の車内広告でその開催に気づき、
「暇だし行こう」と思ってた横浜高島屋での「こち亀展」。なぜか招待券を姉が持っていた。
欲しいならいくらでも、とのことなので拝借。明日行ってみようと思います。
さすがに全巻揃えるまでは無理でしたが、一時期は60冊くらいまで持ってたしさー。
やっぱりオレらの世代ではバイブル的なマンガですよね。
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そういえば、ここで体重の停滞がしばらく続いていると書いたが、
その矢先、4日連続で減少を記録。増えたり減ったりシグザクしながらトータルで
下降線を描くパターンの中での4日連続減は退院後初。お陰で第一次減量目標値まであと600g。
でも、明日あたりまた少し増えていそう。いずれにせよ平常心で取り組もう。
適切なカロリー摂取をしていれば、結果的に増えることは絶対ないのだから。
その対策としてまあ、リハビリ散歩をしていますけども、
姉から「自分が通っているヨガに行かないか?」と誘われた。姉は長らくOLをしていたが、
辞める直前の頃はもう姿勢も悪くなり、責任の重さと長時間通勤で疲労していた印象だった。
ところが退職してヨガを始めたところ、背筋はピンとなり、スタイルもスリムに。
お腹もぺったんこで、一時期ストイックに通っていた頃はマジでモデルスタイルだった。
171cmで体重50ちょいとかだったらしい。効果抜群だったよう。
先日、しばらく休んでいた理由はオレの入院だったことを先生に伝えたところ、
「弟さんもリハビリにぜひー」という流れになったらしい。
まだ社会復帰まで時間もあるし、負担の強い運動がまだ禁じられている中、
足以外の筋肉もゆっくり負荷をかけていきたいだけに、行ってみようかと思う。
決してヨガの先生が「檀れいみたいな雰囲気で美人だよ」と言われたからではないけどww

# by navona1971 | 2017-03-22 23:59 | とりとめもない話 | Comments(0)
最近は少し電車に乗ってうろうろしていますが、それもいいけど、まずは運動。
もちろん、移動先で歩いてはいたけども、原点に立ち返って?
自宅近くでしっかり歩くことに。道幅も広く歩きやすい一級河川の鶴見川へ行こう。
いや、なんでそう思ったかというと、ここ一週間ほど体重の減少が停滞。
体が運動に慣れつつあることと、脂肪→筋肉への転換期もあるのかなと。
食事の量は全く増えていない。もちろん、体重が増えたわけではないので、過敏は禁物だが。
実際、脂肪1kgは7000カロリーだからね。そうそう減るものでもないのも事実だし。
免疫抑制剤としてステロイドを服用していて、その副作用と、体が元気になったことによる
食欲増進が移植後に起きやすいと言われているが、自分にはそれらはないので助かっている。
あとはむくみを警戒。足や腕、まぶたなどを見て、
体重停滞が水分によるものでないことを確かめつつという感じ。
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今日は暖かい。気温も17℃近くまで上昇したようだ。上着を途中で脱いだもんな。
ウォーキングゴール地点の大綱橋のたもとには100mほどの長さで菜の花畑が続く。
咲き具合はちょうどいい感じ。あぁ、春ですねえ。ちょうど東横線が橋を渡っていた。
約5km、一気に歩いて達成感あり(しょぼいけど)。喫茶店でひと休みして帰途に。
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# by navona1971 | 2017-03-20 18:19 | リハビリ散歩 | Comments(0)
いやいやどうも。
今日はこの間秋葉原まで行って挫折したから、東京方面へ再チャレンジ。
ってことでまずは新鶴見機関区。ちなみに敢えて立ち寄っているわけではなくて、
横須賀線の新川崎駅の隣にあるので、通りかかるんですわ。
3連休ということもあり、休んでいる機関車がいつもより多い。
奥はEF65-2000番台、そして手前はその後継機、現在の主力であるEF210-100番台。
デビューの差は約20年くらいでしょうか、その間のデザイン、技術の進化が見られますね。
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とりあえず錦糸町まで出て、総武線に乗り換えて亀戸へ。
このあたりはライブハウスも多いし、僕が出入りしている「ばんど屋」のオーナー、
ボスがギターでサポートをしているクールスのリーダー、佐藤秀光さんのバイクショップ
「CHOPPER(チョッパー)」が駅前の千葉街道沿いにあったりします。
以前何度かCDを直接買いに行きましたが、秀光さん本人がいる時が結構あります。
いろいろお話してくれる優しい方です。クールスはキングオブロックンロールだからね~。
亀戸からは東武亀戸線に。この派手な色は昭和中期に一時期採用されていた塗装で、
リバイバルってことで、当時の色が再現されているそうですわ。この2両だけね。
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復活塗装の電車は発車間際だったのでとりあえず見送る。
次に来たのは現在の標準塗装。見慣れた色ですね。
ちなみに、東武亀戸線は曳舟までのわずか3.4kmを2両編成が約10分おきに行き来しています。
先日訪れた鶴見線や南武支線同様、都会のローカル線ですね、こちらも。
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一つ目の亀戸水神で降りてお参りでもしたかったが、寒きゃ寒いで嫌だけども、今日は結構暑い。
これじゃあまり長距離を歩くとグダグダになりそう。すでに上着が邪魔だ。
その先の小村井(おむらい)で下車。約20年ぶりくらいかなあ、ここで降りるのは。
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そうそう、駅前に古い寿司屋があったのよ、思い出した。
おぼろげな記憶からその場所に視線を送ると、あった、このお店だ。
若い時にこの店に入って、老人の店主が気さくに話しかけてきてくれ、
寿司屋での頼み方や食べ方などをなぜかレクチャーしてくれたことを覚えている。
気取ったお店ではなくて、この佇まいでわかるように?値段も下町価格でした。
どうやら今は閉店してしまった様子。まあ、あの時ですでにおじいさんだったしなあ。
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ここからぶらり、亀戸線から離れ、曳舟まで歩いてみることにする。
このあたりは京島という地区で、駅からも少し離れていることもあって
決して知名度も高い場所ではない。そして、東京大空襲の際、周囲の河川が火勢を防いだため、
罹災を免れた歴史を持つ。その影響で区画整理などが行われず、古い町並みが残った。
木造家屋や狭い路地なども多く、かえってそれが現在、防災上のネックになっているらしい。
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あぁ、いいねえ。無責任だが、散策するぶんには、こういう町は好きなんだ。
このお店も、きっと昔は酔客で賑わったことでしょうね。
高度経済成長期にはさきほどの画像のように町工場もかなりあったようですから。
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今も営業しているのかな。このスナックは。
昭和30~40年代前後くらいだろうか、ドアや外壁の周囲を、
モルタルの上から?こうやって薄い石を貼り付けるような意匠が流行ったよね。
幸薄そうな美人ママがひとりカウンターで演歌をBGMにグラスを磨いているイメージw
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隣町の押上にあるスカイツリーを背に、東へ歩みを進めていく。
たどり着いたのは京島の中心的存在、「キラキラ橘商店街」。
あまり活気がなさそうに見えたが、今日はお休みのお店が多い様子。
さらに歩いて行くと、賑わいのあったお店も。「餃子の美吉」、そしてパンの「ハトヤ」。
美吉さんは手作りの生、焼餃子が人気で、
ハトヤさんは素朴なコッペパンにジャムやピーナッツクリームを挟んでくれるらしい。
いずれのお店も本来なら立ち寄って食べてみたいところだが、あくまでリハビリ散歩。
それはまたいつかの機会にしましょう、残念だけどね。
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商店街を抜けると明治通りに出る。左手に進めば、さほど距離なく京成曳舟駅へ。
暖かい日でも、15時を回ると一気に冷えてくる。さ、そろそろ帰りましょう。


# by navona1971 | 2017-03-19 21:55 | リハビリ散歩 | Comments(0)
今日は親友、OT氏と退院後初めて会う。
ここ最近は入院が目立ったが、そのたびにいの一番に様子を見に来てくれ、どれだけ励みになったか。
山あり谷ありの人生の中でも、常に近くにいて、力をくれた存在です。
高校一年生の時に同級生になってからの付き合いだから、今年でもう30周年。
退院から一ヶ月だし、そろそろお礼もしなければと思い、声をかけさせてもらった。
彼の地元までのんびりとバスで。途中、道中坂下(どうちゅうさかした)でバスを乗り換える。
名前がいいでしょ。もう、なんとなく場所のイメージが沸くじゃないですか。
画像左手が中原街道。右手が道中坂下のバス折返所になっています。
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ここは、五十三次で知られた東海道の裏街道(脇往還)として利用された中原街道
(神奈川県平塚市~東京都)の途中にあります。東海道より距離が短かったことや、
大名行列の混雑などを嫌った商人や旅人などに愛されたようで、
この先にある武蔵小杉には、「御殿町」など、当時を思わせる町名が残っていたりします。
今でこそ道路が改修されましたが、少し前までは狭い道が曲がりくねり、
周囲の山々に生い茂る竹笹とともに、うっそうとした空気を生み出していました。
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その後田園都市線青葉台へ。
ひとりで少しお茶をして休んだあと、彼と待ち合わせ。
夕食には早いから、とドライブ。アテもなく流れのままに。港北IC~第三京浜~横羽線~湾岸線~
中央環状~渋谷線~都心環状~霞が関~桜田通り~目黒通り~第二京浜。
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上海の隣、昆山(こんざん)市に製造工場を持つメーカーに勤務する彼。
こちらは休みだが現地工場は稼働しており、
中国版LINEに相当する微信(WeChat)の通知音がよく響く。あ、世界的にはLINEの方が少数派か。
コスト削減で製造拠点は海外への転移が目立ち、彼の会社もそれにならったものだが、
品質の問題や仕事の取り組み方、考え方の違いなど、カルチャーショックも多いそう。
良くも悪くも「適当なんだよなぁ」と。ただ、優秀な人はとても優秀だし、活気溢れる印象はある、と。
食事と空気は「やっぱり日本がいいよ、出張から戻るとホッとするよ」本音だろうね。
車中ではその後、ここに書きにくいような話題を延々と。しかし、特に湾岸線と渋谷線の混雑が激しい。
好天、3連休、年度末、卒業シーズン、いろいろ重なるからね。
けれど、笑いと会話が絶えず本当に面白い。長い渋滞もこんな時はかえってありがたい。
渋谷線上からヒカリエを1枚。
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東京から戻り、最後は川崎市幸区河原町にある台湾料理店「海味館(かいみかん)」にて夕食。
来るのは3年ぶりかなあ。彼とはお互いの都合が特に合いやすかった2010年から2012年にかけて、
よくここに立ち寄って夕食を食べてから、銭湯、サウナに行く、というお決まりのコースがあった。
オレの病気の悪化で控えて以来です。もちろん、無茶した食べ方はしません。
夜の定食、酢豚やエビチリなどからメインをレバニラとして、小皿もチョイスできるがサラダに。
ご飯も残しました。というか、胃がもう量を受け付けない感じ。もちろんおいしかったけど。
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彼は台湾ラーメンとニンニクチャーハンに麻婆豆腐。スリムなのに大汗をかきながら食べている。
僕は移植をしてから代謝がよくなり、以前より汗をかくようになって嬉しいような困るような感じだが、
彼の姿を見て、まだまだ自分の代謝改善なんて甘いなあ、と。
でも、彼はその代謝の良さのせいか、肌はつやつやで、血色もよく、オレより遥かに若く見える。
実際先日病院へお見舞いに来た時は、ナースに「弟さんですか?」と尋ねられたくらいだから。
ま、車の中が多いからというのもあるが、彼は今日半袖姿。
ちなみに激辛で有名な蒙古タンメン中本だと「あそこ行くと汗がこんなもんじゃない」そう。
冷や汗はともかく、こうした汗は、先生も言っていたが、健康な証拠でもあるね。いいことだ。
さ、そろそろ帰りましょう。今日は楽しかった。ありがとう。


# by navona1971 | 2017-03-18 21:29 | とりとめもない話 | Comments(0)
今日は今週前半から比べるといくらか暖かいですね。
神宮球場で13時からヤクルト対オリックスのオープン戦があったから見たかったけど、
いくら暖かいとはいえ、まだまだ外で数時間の観戦は厳しいな。
相変わらず遠出したわけでもなく、つまらない話で申し訳ない。
来週あたりはどこかへでかけようと思っているが、気温が低いんだよねえ。
結局、新川崎に出て、隣接する新鶴見信号場を覗いてみると、EH500が停まっていたので1枚。
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EH500は「ECO-POWER”金太郎”」という愛称があります。
ま、力持ちってことですね。東北本線を中心に、主に東日本で幅広く活躍しています。
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ちょっと探している古いカメラがあるので、ハードオフにあるかなあと思って行ってみる。
外出前に近くの店舗を確認したんだけど、川崎駅前に確かあったのだが消えていた。
自分もたま~に立ち寄っていたが、冷やかしに来ている客が目立ち、
あまり売れているようには見えなかった。
てか、こういうリサイクルの世界ってそんな儲かるとは思えないんだが。
今は新品も安いし、中古品は個人間取引がこれまで以上に活性化している印象があるし。
鹿島田から南武線で川崎、川崎から市営バスJFE行で小田栄(おださかえ)へ。
ここには昭和電線の工場跡地にモールができ、ヨーカドーやらコーナンやら西松屋やらハードオフがある。
散歩がてら行ってみたけど空振り。しかし、家電製品やギターくらいかと思ったけど、
今やハードオフは幅広く中古品を取り扱っていた。もうなんでもって感じ。ちょっと苦手。
帰りはモール裏手の南武支線小田栄駅から。近辺の人口増加に伴い一昨年開業した新しい駅。
そのぶん建設コストは抑えめ。自動券売機はないし、PASMOのタッチ型簡易改札機があるだけ。
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南武支線は本線に相当する南武線の尻手から浜川崎までを結ぶ路線で、
2両編成のワンマン電車が約4kmという短い区間を行ったり来たりしている。
朝夕はともかく、昼間は30分に1本程度と寂しい。
終点の浜川崎で接続している先日訪れた鶴見線同様、都会のローカル線という感じ。
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八丁畷は京急線との乗り換え駅。このあたりは比較的町並みが古く、昭和な雰囲気が色濃く残る。
南武支線の高架下は商店街だったが、現在はシャッター通りに。
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そこからすぐ進んだ路地は居酒屋が並ぶ。いいねえこういう通り。
しかし、3時になるともう冷えてくる。そろそろ帰ろうか。
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# by navona1971 | 2017-03-17 19:37 | リハビリ散歩 | Comments(0)